フランス魂を具現した右派本命の政治家。印象に残る左派的な政策
2019年10月02日
フランスの第5共和制第5代大統領ジャック・シラクが死んだ。遺族が9月26日、明らかにした。享年86歳。
フランス語には、malgré tout(マルグレ・トゥ)という表現がある。「にもかかわらず」「種々の批判や反対する点があるけれども」「結局は」などと訳せるが、ジャック・シラクはまさに「マルグレ・トゥ」、「サンパ(親しみやすい)で、第5共和政の大統領として、国民に最も愛された大統領だった」といえる。
マクロン大統領は同夜、ラジオやテレビを通しておこなった演説で、「我々フランス人は、我々が愛したように、我々を愛してくれた国家元首を失った」「シラク大統領はフランスのある種の想念を具現していた」「偉大なフランス人だった」と哀惜の念を述べたが、確かに、シラクはドゴール大統領が述べた「フランスに関するある種の想念」という、フランス魂を具現していたと言える。
英語が得意でない。グルメ(美食家)というよりグルマン(大食漢)。そして女友達の長いリスト。彼は良くも悪くも、骨の髄までフランス人であった。
彼はまた、この約半世紀、晩年の10年余を除けば、ずっとフランスの政治の表舞台に立ち続けた、政治なしには生きていけない“政治の怪物”でもあった。2期12年の大統領職に加え、首相2回(1974~76年、86~88年)、パリ市長を18年間(1977~95年)も務めた政治的キャリアは、民主主義国家では他に例がないだろう。
3度目の挑戦だった1995年の大統領選でシラクが掲げたスローガンは、左派のそれとみまがう「社会格差の解消」だった。当時はまだ無名(日本での昨今の流行作家ぶりが信じられないが)だった社会統計学者エマニュエル・トッドが、シンクタンク「サン・シモン協会」(99年に解散)の「白書」ならぬ「緑書」に発表した論文「社会的格差=フラクチュール・ソシャル」から借用したもので、10%前後の高失業率や治安悪化、社会モラルの失墜に覆われたフランスの再生を、このスローガンに集約して公約にした。
この選挙で当選した直後、核実験再開を表明して、日本などから猛烈な批判を浴びたシラク大統領だったが、フランス国内では、「核抑止力」は社会党をはじめ、左派からも有効な国防の要として支持されていた。現在も「核抑止力」への反対はごく少数だ。
大統領1期目(95~2002年)の内政面の「最大の功績」として、哲学者アンドレ・グリュックスマンが生前、繰り返し指摘したのは、核実験から約1カ月後の7月16日に「1942年7月16日の一斉検挙の日」を「国の記念日」に制定したこと。ナチ占領下で起きたユダヤ系住民の一斉検挙(約1万3千人がアウシュビッツなどの強制収容所に送られ、生還者は約400人)は、実はナチ・ゲシュポタではなくフランス当局によるものだったが、レジスタンス(対独抵抗運動)を主導したドゴール将軍は戦後、レジスタンスと対独協力者(コラボ)の対立で国が二分化されることを恐れ、占領下の4年間は「無効」と宣言。一斉検挙に関するフランス共和国の責任追及も退けた。
歴代大統領もこの立場を保持。社会党出身のミッテラン大統領も、記念日制定を模索したものの、ドゴール派の反発を恐れて決断しなかった。シラクが決断できたのは、ドゴール派の正統後継者という立場であるがゆえに、ドゴール派からの反発を抑えられたうえ、戦後約半世紀を経たという時宜に恵まれたからだが、くわえて「サンパ(親しみ易い)」という言葉に代表される、大衆的で寛容な人間性にもよる。この「記念日制定」は極右を除き、党派を超えて国民全体に支持されている。
1998年のサッカーのW杯では、開催国にして優勝国という幸運にも恵まれた。フランスは前回のW杯では予選も通過できず、優勝など夢の夢だったが、ジダン選手らの大活躍で、決勝戦で強豪ブラジルを破って初の栄冠に輝いた。
しかも、アルジェリア系移民2世のジダンをはじめ、代表選手の半数近くが移民2世だったことから、フランス共和国のスローガンである「自由、平等、博愛」の具現する例とされ、フランスの「同化政策」の成功例にも挙げられた。シラクは「フランスに生まれた者は全員、フランス人だ」と再三、指摘し、共和国フランスの真髄、生地主義の国籍法の利点を喧伝した。
実を言うと、シラクはフランスの支配階級、エリート階級として、それまで「サッカーのサの字も知らない」、ラグビー・ファンだった。ところがこの大衆的スポーツ、ボールが一個あれば誰でも楽しめる、極めて大衆的なスポーツにたちまち魅せられた(これは裸一貫の相撲にも通じる大衆性だが)。
優勝から2日後の7月14日の革命記念日に、監督をはじめ代表選手全員をエリゼ宮(仏大統領府)に招待し、全員にフランスの最高勲章レジオン・ドヌール勲章を贈った。このあたりが、「政治感覚抜群」「政治の怪物」と言われるゆえんでもある。
日仏関係についていうと、シラク大統領の時代は「空前絶後の良好な関係」(松浦晃一郎元駐日大使)といわれる。
パリ市長、首相、そして大統領(国家元首)としての訪日は50回に及ぶ知日派。日本の国連常任安保理入りを支持し、日本及びアジアの歴史や文化、美術に対する造詣も深い。パリ市長だった1986年には、パリと東京が姉妹都市であることから、大相撲の「パリ公演」を実現した。これがきっかけで、シラクは大相撲の大ファンになり、95年10月には、核実験で日仏関係が悪化する中、大統領権限で2度目の大相撲公演を実施し、日仏関係の改善をもたらした。
シラク政権時代には優勝力士に贈られる「フランス共和国杯」も創設された。「勝敗だけでなく、相撲四十八手のどの手で勝利したかまで報告することが、駐日大使時代の重要な役目でした」と苦笑するのは、グールドモンターニュ元駐日仏大使(シラクの外交顧問、現外務省事務局長)だ。シラクの相撲好きが本物だった証左だ。
核実験再開発表直後のハリファックス・サミットに出席した当時の村山富市首相、河野洋平外相、橋本龍太郎通産相は、サミット後、核実験抗議のためにパリに立ち寄ったが、この時、エリゼ宮の昼食会会場には、ギメ国立東洋美術館から貸し出された埴輪(はにわ)や江戸時代の屏風(びょうぶ)などが並べられた。
日本側がすっかり忘れていた日仏修好通所条約150周年の言い出しっぺもシラクだ。また、パリで東大寺・興福寺展が開催された時、案内役の日本学・仏教学の碩学(せきがく)でコレージュ・ド・フランスのジャン=ノエル・ロベール教授が年号を間違えた時、即刻訂正し、かの碩学を恐縮させたなど、日本文化に関する知識の深さを証明する逸話には事欠かない。
エリゼ宮で広報を担った次女クロードは、父親の実像について、ジャーナリストでシラク首相時代(1974~76年)に女性地位相、文化相を歴任した故フランソワーズ・ジルーの次の言葉を引用し、最も適切なシラク評だと評している。
「詩集や文学書の下に男性娯楽誌『プレイボーイ』を隠している男がいるが、シラクはその反対に男性誌の下に詩集や文学書を隠している」
シラクの隠された文化・教養の高さを言い得て妙だ。
1回目投票で最有力だった社会党公認候補のジョスパン首相(当時)が、高失業率や移民問題を含む治安悪化を背景に、極右政党・国民戦線(FN、国民連合=RNの前身)のジャンマリ・ルペン党首(当時)に破れるという大番狂わせの結果、決戦投票ではルペンが相手になったからだ。「大統領選でまさか、シラクに投票するとは夢にも思わなかった」と左派支持者のトッドが告白したように、人種差別を堂々と標榜するルペンに対し、「フランス共和国」の旗の下、社会党はもとより共産党から緑の党、極左まで左派支持の票がシラクに流れた。
2期目の左派的政策としては、2003年のイラク戦争反対がある。
米仏は一度も交戦したことのない「永遠の同盟国」だ。シラクは01年9月11日の米国の多発同時テロの時は、主要国の国家元首として真っ先にニューヨーク入りし、ブッシュ米大統領の対テロ戦争を支持している。
ミッテラン社会党大統領は湾岸戦争参戦に際し、クウェート侵攻というイラクの明確な国際法違反や「武力行使容認」の国連決議があることを理由に挙げたほか、「国連常任理事国としての責務」と「フランスの国際的地位堅持」という右派的理由も挙げた。
イラク戦に際し、シラクは米国の「イラクに大量破壊兵器」があるとの開戦理由に疑問を呈し、国連常任理事国として拒否権をちらつかせた。結局、米国は国連決議なしで武力行使を決定し、日本や東欧諸国などが加わった。戦後、イラクに「大量破壊兵器」は存在しなかったことが判明、フランスが正しかったことが証明された。後世から見て、「あの戦争が正しかった」とされるには、「国連決議」という錦の御旗、お墨付きが必要だとする点でも、歴史を尊重する代表的なフランス人だった。ミッテランが湾岸戦争への参戦を決めたのは、この錦の御旗があったからだ。
もちろん、シラクには失敗や批判されるべき点も多々ある。たとえば1974年の大統領選でドゴール派の候補者シャバンデルマスを裏切り、中道右派・フランス民主同盟(UDF)のジスカールデスタンを支持した。その功労でジスカールデスタン大統領の下で首相に就任したが、2年後にはジスカールデスタンとも袂(たもと)を分かった。この「裏切り」はブーメランとなって、1995年の大統領選では、“30年来の友”のバラデュールに裏切られることになる。
2005年には、欧州憲法批准の是非を問う国民投票で批准が否決された。フランスが欧州統合への足を引っ張ることとなり、欧州連合(EU)内でのフランスの地位が失墜した。
最大の失点は、
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