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ボルトンを更迭し、トランプ独裁は完成した

大統領再選に向けて「アメリカ・ファースト」から「トランプ・ファースト」へ

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 トランプ米大統領がボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)を更迭した。トランプ氏は政権発足以来、閣僚や政府高官のクビ切り人事を繰り返した結果、政権内で独裁的権力を完全に掌握したと言って良いだろう。その視線の先にあるのは、自身の大統領選再選に至上価値を置く、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」ならぬ「トランプ・ファースト(トランプ第一主義)」の実践だ。

負け犬の遠吠え?

 9月30日午前、ワシントンで米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が開いた北朝鮮問題の会合。ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障担当)が壇上にあがると、カメラのフラッシュが盛んにたかれた。10日にトランプ米大統領から更迭を申し渡されて以来、公の場に姿をあらわすのは初めてのことだ。

 トレードマークと言える白い口ひげをたくわえたボルトン氏は開口一番、「北朝鮮指導部は私が私人としてここにいるのを喜んでいるのは間違いないだろう」と述べ、いつものように丸眼鏡をクイッと上げ、会場内の笑いを誘った。

 「北朝鮮が核兵器を放棄するという戦略的決断をしていないことは明らかだ」「北朝鮮の核兵器保有を容認できなければ、軍事力の行使は選択肢の一つでなければいけない」――。

 この日の講演で「飾らない言葉」(ボルトン氏)を使って北朝鮮の脅威を強調し、対北朝鮮強硬派として間接的にトランプ氏の主導する融和路線を批判したボルトン氏。しかし、トランプ氏にとってみれば、すでに閣外に放逐された身であるボルトン氏の主張は、もはや負け犬の遠吠えに過ぎなかったと言えるだろう。

ボルトン前米大統領補佐官=2018年10月13日、ワシントン

記者会見直前の更迭、ボルトンに恥辱

 ボルトン氏の更迭は相変わらずのツイッター辞令だった。

 「ジョン・ボルトンには昨晩、ホワイトハウスで君の勤務はもう必要ないと伝えた。私はほかの政権内の人たちと同様に、彼の多くの提案には非常に強く反対してきた。よって、私はジョンに辞任を求め、今朝になって彼の辞任の知らせを受けた。本当にありがとう、ジョン。私は来週、新しい大統領補佐官を発表するだろう」

 9月10日午前11時58分、トランプ氏は自身のツイッターでボルトン氏の更迭を発表した。

 トランプ氏とボルトン氏の対立は深刻化しており、ワシントン政界ではボルトン氏の退任は時間の問題と見る向きはあったが、この日の解任劇を予想する人は皆無だったと言って良いだろう。というのは、ちょうどトランプ氏のツイートの1時間前、ホワイトハウスから新たな日程の追加がマスコミ向けに発表されており、この日の午後1時半からポンペオ国務長官、ムニューシン財務長官に加え、ボルトン氏の3人がテロ問題をめぐる経済制裁について記者会見することになっていたからだ。

 ボルトン氏はトランプ氏のツイート後、10分後には「私が昨晩、辞任を申し出たところ、トランプ氏は『それは明日話そう』と言った」とツイート。自らが主体的に辞任を申し出たわけであり、更迭されたわけではないと反論。プライドを保とうとした。

 しかし、時はすでに遅かった。どちらが先に辞任を言い出したかというよりも、トランプ氏がツイッターでボルトン氏に更迭を言い渡した、という事実がすでに広まり、ボルトン氏は予定していた記者会見を欠席せざるを得なかった。

 かつては「彼(ボルトン氏)は強硬な意見をもっているが、私は彼のことが好きだ」と公言していたトランプ氏。しかし、最後の瞬間は自身が人事決定権をもつボスであることをサプライズ演出によって見せつけ、ボルトン氏に恥辱を味わわせて切り捨てた。まさに自身が司会を務めていたリアリティー番組「アプレンティス(見習い)」での決め台詞、「おまえはクビだ」を地で行く解任劇だった。

大統領選再選に向けて邪魔な存在に

 ボルトン氏は、イラク戦争に踏み切ったブッシュ政権で影響力のあったネオコン(新保守主義)の筆頭格だ。

 2018年4月、更迭されたマクマスター氏の後任として就任。トランプ氏にとっては相手国を惑わす「予測不能」の外交安保政策の演出をもくろみ、軍事的選択肢も常に視野に入れていることをちらつかせるため、ボルトン氏を政権の「バッドコップ(悪い警官)」役として利用しようと考えたとみられる。

 しかし、ボルトン氏は他国への極端な介入主義を唱え、イランや北朝鮮への先制攻撃も辞さない人物。ボルトン氏の就任直後、同氏と一緒に働いた経験のある元米国務省高官は私に「彼の最終目標はいつもレジームチェンジ(体制転換)だ」と強い懸念を示した。トランプ氏自身、好戦的な言動を繰り返すボルトン氏を徐々にもてあまし、二人の関係は対立へと発展していくことになる。

 例えば、イラン問題では米国の無人偵察機をイランが撃墜した事件をめぐり、ボルトン氏はイランに対して報復攻撃をするように強く主張。トランプ氏はいったん攻撃を承認したものの、直前になって「無人機の撃墜とは釣り合わない」と判断し、攻撃中止を命じた。タリバーンとの和平協議をめぐっては、トランプ氏はワシントン郊外のキャンプデービッド山荘にタリバーン指導者を招くことを計画していたが、ボルトン氏が反対した結果、今度は逆にトランプ氏が断念した。

 二人の溝を深めたのが、北朝鮮をめぐる対応だ。

 今年二月にベトナムで行われた米朝首脳会談では、ビーガン北朝鮮政策特別代表が合意案づくりを進めたが、ボルトン氏がトランプ氏に働きかけて決裂させた。しかし、その後もトランプ氏は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との個人的な関係を重視して対話路線を続け、ボルトン氏は最終的に「北朝鮮問題から完全に外された」(米政府関係者)。6月の板門店での米朝首脳会談の米側代表団の中にボルトン氏の姿はなかった。

 ボルトン氏の更迭を発表した翌11日、トランプ氏は記者団とのやりとりで、更迭の理由についてボルトン氏がかつて「リビア方式」を北朝鮮に適用するように提唱したことを真っ先に挙げ、「最悪だった」と非難した。

 「リビア方式」とは2000年代にリビアが核開発を放棄した後に制裁を解除した手法。ただし、カダフィ政権はその後崩壊し、最高指導者のカダフィ大佐は殺害された。

 ボルトン氏はシンガポールでの米朝首脳会談前の2018年4月、北朝鮮に「リビア方式」を適用するように主張し、北朝鮮側が反発して首脳会談の開催が一時危ぶまれた経緯がある。

 そんなボルトン氏がこの時期になって更迭された最大の理由は、2020年大統領選にあると言えるだろう。

 トランプ氏にとっていま、最も重要な政治テーマは大統領選で再選することにある。そのためには、北朝鮮であれ、イランであれ、戦争という事態は絶対的に避けたいという考えが根底にある。米国市民の間にはイラク戦争やアフガン戦争以来、厭戦気分が広がり、軍事的な介入主義には否定的な意見が強いからだ。

 例えば、米シンクタンク「シカゴ地球問題評議会」が6月に行った調査で、「他国への軍事介入で米国はもっと安全になるか、それとも安全にならないと考えるか」と尋ねたところ、「安全にならない」46%、「安全になる」は27%にとどまった。

 トランプ氏は世論に敏感だ。軍事介入を辞さないという強面を見せるのは、あくまでも相手国に圧力を与えつつも、自身に有利なディールをまとめるための手段に過ぎない。そんなトランプ氏にとってみれば、ボルトン氏は戦争を誘発しかねない危険な人物であると同時に、自身が大統領選再選を目指すうえで邪魔な存在になってきたわけだ。

ポンペオ氏の影響力が増す?

 ワシントン政界において、ボルトン氏は緊迫が高まるイランやベネズエラとの軋轢を作り出す張本人と目されていた。フィッツパトリック元米国務次官補代理は私に「ワシントンの人々は今回の更迭でトランプ氏が軍事介入に踏み切る可能性が低くなったと考え、ホッとしている」と語った。

 後任には、米国務省のロバート・オブライエン人質問題大統領特使が就任することが決まった。オブライエン氏の知名度はワシントン政界では高くない。弁護士出身であり、国連安保理内で法律顧問を務めたのち、2005年にブッシュ政権で国連総会の米政府代表に就任し、当時国連大使だったボルトン氏とも一緒に働いたことがある。メディアの注目を集めたのは、6月末にスウェーデンで暴行騒ぎを起こして拘束された有名ラッパーのエイサップ・ロッキー氏の解放交渉に携わったときくらいだ。

 ただ、ワシントンの外交筋は「ボルトン氏とは正反対の性格の人物。イランや北朝鮮問題をめぐっても、トランプ政権が平和的に対話路線を進めるというシグナルを送ることになるだろう」と期待感を示す。

 一方、日本にとって気がかりなのが、ボルトン氏がいなくなることで米国が北朝鮮との交渉で安易な妥協をしてしまうことだ。ボルトン氏は政権内の最強硬派として北朝鮮への制裁維持を訴え、核開発を続ける北朝鮮への圧力路線を主導する立場にあった。トランプ氏が短距離ミサイルの発射も容認する姿勢を見せる中、近く再開する米朝実務者協議で米側は北朝鮮に有利な条件のもとでの非核化交渉を加速させる恐れがある。

 また、政権の外交安全保障政策の司令塔が頻繁に代わることへの懸念も大きい。

 トランプ政権下において国家安全保障担当の大統領補佐官の交代はオブライエン氏で四人目となる。肩書は補佐官(Advisor)だが、権力は絶大だ。米ホワイトハウス主導の外交安保政策を決定する国家安全保障会議(NSC)の数百人規模のスタッフを束ね、外相である国務長官、防衛相である国防長官と匹敵する要職だ。NSCの司令塔が次々と交代するということは、いかにトランプ氏の即興的・感情的な判断が繰り返され、米国の外交安保政策が不安定化しているかという証左でもある。

ホワイトハウスの大統領執務室でトランプ大統領(左)、ポンペオ国務長官(中央)と会合するボルトン大統領補佐官=2018年10月、ワシントン

 米政府関係者によれば、オブライエン氏をトランプ氏に推したのはポンペオ氏だ。ボルトン氏が出席するはずだった10日の記者会見で、ポンペオ氏は今回の更迭劇を尋ねられると「驚いていない」と笑顔を見せた。ライバルだったボルトン氏が閣外に出たことで政権内において影響力を増しており、今後はオブライエン氏を通じて米ホワイトハウスの政策決定にも影響を与えるとみられる。

 とはいえ、外交タカ派を政治信条とするポンペオ氏も最終的にはトランプ氏の意向に忠実に従う「イエスマン」であり、トランプ氏の意向が外交安保政策全般にこれまで以上に色濃く反映されることになるのは間違いない。

トランプ独裁の完成

 米シンクタンク・ブルッキングス研究所の調査によれば、トランプ政権ではすでに9人の閣僚が離職した。政府高官レベルに広げれば、すでに51人が離職している。

 トランプ氏がこれだけ頻繁にクビ切り人事を行えば、おのずとトランプ氏への権力の集中化が進んでくる。米政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」(RCP)によれば、トランプ氏の支持率は44.6%に過ぎないが、トランプ氏の求心力は政権の内と外ではだいぶ様相が異なる。

 政権内におけるトランプ氏の独裁ぶりを印象づけたのが、米ABCニュースが6月に放映したトランプ氏への密着ドキュメンタリーだ。

 この番組は米ABCニュースのチーフアンカー、ジョージ・ステファノポラス氏が30時間にわたってトランプ氏に密着取材したものだが、ホワイトハウスでのインタビュー中にこんな一コマがある。

 トランプ氏が質問を受ける形でテレビカメラの前で身ぶり手ぶりを交えて熱心に話している途中、だれかが咳をする音が聞こえた。すると、トランプ氏は話をやめ、「もう一回撮り直そう。私が答えている途中で彼が咳をした」と後ろの席で他のスタッフとともに控えていたマルバニー大統領首席補佐官代行を指さし、眉間にしわを寄せて極めて不愉快そうな顔でこう言い放った。

 「咳が出るなら、この部屋から出て行ってくれ」

 大統領首席補佐官はホワイトハウススタッフのトップに立つ要職である。しかし、トランプ氏にとってみれば、政府高官であろうが閣僚であろうが、「社長と部下」の主従関係としかみていないようだ。自身がニューヨークで行ってきた不動産会社のワンマン経営と現在の政権運営のあり方には大差がないのかもしれない。

 ボルトン氏の言動は確かにネオコンとして過激なものであったが、トランプ氏の意見に異論を差し挟む人物であったのは事実だ。ティラーソン元国務長官、マクマスター元大統領補佐官、マティス前国防長官とトランプ氏に意に沿わぬ意見を進言する「うるさ型」の閣僚たちが次々と更迭され、最後に残ったボルトン氏もいなくなった今、政権内におけるトランプ氏の独裁体制はついに完成したと言って良いだろう。

「アメリカ・ファースト」から「トランプ・ファースト」へ

 政権内で絶対的な権力を掌握したトランプ氏が目指す方向とは何か。

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