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「基地引き取り論」がめざすもの

さらに鹿野政直氏・新城郁夫氏の批判に応答する

高橋哲哉 哲学者

「基地廃止」と「引き取り」は対立しない

拡大沖縄県民大会で「NO辺野古新基地」のメッセージを掲げる参加者=2017年8月12日、

 鹿野政直氏は新城郁夫氏との対談を通して、ヤマト=本土の人間としての責任にこだわっている。「知念ウシさんのような方にそれを突き付けられると相当ふらつくんですよ。また『本土』の各地で、現状に痛みを感じつつ基地引き取りの運動を起こしている方々のことを知ってもふらつく」。しかし、「ふらつくのですが」、結局は、次のように述べて引き取りを拒否する。

 再び、「基地を引き取れ」と言われた時どうするかという問題になるのですが、私は基本的には、「本土」の人間は、いかに苦しくてもそれを断っていくべきだと、ともかく。そして基地廃止という方向に向かって踏ん張っていくということ以外にないと思っているんだ。

 基地移設論・移転論というものには、安保否定論では永遠に時間がかかってしまうのに対して基地移設論だったらすぐに実現できる、というような幻想を誘うという、変なからくりがある。しかし、現実にはそんなことは余計にできません。本土の人間が仮に、嘉手納基地と北部訓練場だけを引き取りましょう、そうすればそうとう平等に近いでしょう、なんて言って、「はいそうですか」とアメリカが聞きますか。

 その意味で基地引き取り論は、アメリカに対して実に甘い見通しに立っている。だが実際には私たちは、日米安保条約というアメリカが仕組んで日本政府が呼応した鉄の環のなかにある。[中略]米軍の戦略は、徹底的に自国本位にその存在を賭けて、他国民をモノ視するほどの傲岸さをもって、すりよるこの国の指導層と利益共同体を形づくりつつ、がっちり「国民」を捉え込んでいる。議論が国内での基地のやりとりへとすべると、そういう米国の責任をそれだけ解除することになる。

(『対談 沖縄を生きるということ』121~122ページ)

 鹿野氏はここでも「基地廃止」と「引き取り」を対立的に捉えているが、前回述べたように、両者は対立するわけではない。引き取り論は安保に賛成であれ反対であれ、まずは沖縄の基地廃止を優先するというだけである。この点を含めて、鹿野氏がここで引き取り論について述べていることには全く同意できない。

 引き取り論が、安保廃止は「永遠に時間がかかる」(つまり実現不可能である)が、基地移設なら「すぐに実現できる」という「幻想」に人を誘うような「変なからくり」を仕掛けていると言うなら、実例を示してほしい。引き取り論にはそんな「からくり」はなく、安保廃止と基地引き取りを比較するなら引き取りを先に進める十分な理由がある、と判断しているにすぎない。

 安保支持の世論は8割を超えて久しい。安保廃止を公言する政治勢力は極小化し、主要なマスメディアもすべて日米同盟支持である。近い将来、安保廃止を掲げる政権が誕生する可能性はきわめて小さい。

 他方、沖縄への基地集中を問題視する世論は過半数に上り、沖縄の負担軽減のために一部を本土移設することについては、朝日新聞調査で90年代後半から賛成3割前後で推移していたが、2010年以降には半数前後が賛成している。自民党政権では小泉首相、民主党政権では鳩山首相が本土移転を呼びかけている。

 現状の日本で、安保を廃止せずとも可能な本土引き取りと安保廃止とでどちらに有利な条件があるかは明らかであろう。

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筆者

高橋哲哉

高橋哲哉(たかはし・てつや) 哲学者

1956年福島県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。東京大学大学院総合文化研究科教授。主な著書に『記憶のエチカ』(岩波書店)、『戦後責任論』(講談社)、『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社)などがある。