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世界各国で分断が進む。国際危機は回避できるか?

世界のバランスは変わった。西側体制の優越性を説くことは説得力を持たなくなっている

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 米国のトランプ大統領がウクライナの大統領に電話をし、来年の大統領選挙民主党有力候補のバイデン前副大統領次男のウクライナ企業との関係を再捜査するよう要請したと伝えられる。どういう表現で何を伝えたか今後調査が進むのだろうが、大統領がその職を使って再選のため外国を巻き込もうとしたとみられても仕方がなかろう。下院は弾劾手続きを取り始めた。

 英国ではジョンソン首相はBREXITについての議会の審議をブロックするためか、議会を5週間の長期にわたって閉会し、最高裁はこれを違法と判断した。

 韓国では種々問題を持つと言われる法務大臣を大統領は強硬に任命し、司法改革を掲げる新法務大臣と強い力を持つ検察が厳しく対峙していると伝えられる。

民主主義は機能? 大いなる危機?

 権力に対するチェックが働いて民主主義は機能しているとみるのか、それとも、このような事態に陥っていること自体、民主主義の深刻な危機とみるのか。チャーチル元英国首相が言うように文字通り「民主主義は最悪の政治形態。これまで試みられたすべての政治形態を除けば。」ということか。

 今日の民主主義体制を特色付けるのは、国内の深刻な「分断」だ。

 分断はこれまでとは異なる熱狂的な支持層を持つ権力者を生み、既成政治勢力は激しい巻き返しを試みている。そのような権力者は「ポピュリスト」と形容され、これまで政治に登場してこなかった非政治エリートを支持基盤に持つ。

 特にSNSの進展がこのような傾向に拍車をかける。新聞・雑誌など印刷物や長文の論考は過去の遺物となりつつある。それに代り、極めて短い言葉で刹那的に発信を頻繁に行う方法で物事は動く。正確性より速度とインパクト。全く事実に反する事でも繰り返し発信されることにより事実であるような印象が生まれてしまう。

 米国でのトランプ現象は象徴的だ。2016年の大統領選挙はトランプとヒラリー・クリントンという対照的な対決だった。非エリート層を基盤とするトランプと数多くの公職をこなし、既成政治勢力の代表と見なされたクリントン。この分断は今日にまで続いている。

国連に到着し、記者からの質問に答えるトランプ米大統領(中央)とメラニア夫人(左)、ヘイリー前米国連大使=2018年9月25日、ニューヨーク

 一方で新興国には権力のチェック&バランスとは無縁な専制的政治体制が目につく。

 習近平の作り上げている体制は経済的には引き続き改革開放を追求するとされても、政治体制はより専制的となっている。経済成長が減速化し、米国をはじめ諸国との摩擦が増す中で、中国には壮大な監視社会が築かれ、言論の締め付けはかつてない程強力となった。

 プーチンの世界はロシア人の大国思考に根差し、時に強権を行使し、結果的には24年と言う長期にわたり権力を担うに至っている。

 金正恩の体制は金王朝と言われる代々のカリスマ性に基づき物理的力の行使を厭わない事で、ますます体制が強化されている。厳しい制裁レジームの中でも経済破綻に至っていないのは不可解でもある。

世界のバランスが変わった

 世界は様変わりした。私は今年に入って、米、中、韓、東南アジア、欧州の国々を廻り、アジア・米・欧州の三極委員会や日英・日韓賢人会議などに参加してきたが、もはや力強い指導者米国の影は薄い。

 新興国の体制に比べ、先進民主主義国の体制が優れていることを強調する人も少なくなった。トランプ大統領の所作を見れば、民主主義社会が依って立つ人権の尊重、法の支配、手続きの透明性等の価値観をベースに議論する事すらはばかられる様になってしまった。

 中国に比し西側先進民主主義体制の優越性を説くことは、もはや説得力を持たなくなっているのかもしれない。

G7サミットのセッションに臨む(左から)イタリアのコンテ首相、安倍晋三首相、トランプ米大統領、フランスのマクロン大統領、ドイツのメルケル首相、カナダのトルドー首相、英国のジョンソン首相=2019年8月26日、フランス・ビアリッツ

 トランプ大統領の世界は、決して理念や論理に基づくものではなく、圧倒的力を背景に相手を脅し、相手を組み伏せることを意図している。トランプ大統領にとって国際的ルールの尊重や同盟国との協調の重視といった諸点への配慮は二の次のようだ。

 またアメリカ国家安全保障会議(NSC)、国務省、国防省などの高官が次々と更迭されるか辞職しており、トランプ大統領をプロフェッショナルに支える機能も十分ではない。従来とは全く異なるスタイルのトランプ外交は、非エリート層に分り易い「アメリカ・ファースト」の施策を追求している。

 韓国も激しい国内の分断が対外関係に大きな影響を与えている。国民性や歴史的背景に起因するのであろうか。韓国の政権交代はほぼ例外なく前任の大統領が起訴収監されるといった結果をもたらしている。

 これも保守・革新の思想的分断がいかに顕著であるかを示している。文在寅大統領は自殺した盧武鉉元大統領の側近であり、市民活動家として社会の革新勢力に強い政治基盤を持っている。特に対北朝鮮融和主義には顕著なものがあり、最近の国連演説でも本来韓国に直接的脅威になる北朝鮮による10回の短距離ミサイル発射実験には一言も触れず、現実とは程遠い非武装地帯を平和地帯とする理念的な構想を掲げた。

 しかし米国訪問・国連演説後の文在寅大統領の支持率が法務大臣任命のゴタゴタがあった後であるのにも拘らず、相当上昇している事に示されるとおり、国内の基盤は強い。

 このような内政が色濃く対外関係に反映された世界で、勢力バランスは変わりつつある。朝鮮半島ではトランプ大統領の再選戦略次第では一挙に対北朝鮮融和主義に傾く危険もある。韓国や中国、ロシアは同様の路線をとるのだろう。

 中東ではイラン核合意を維持する欧州・ロシア・中国と対イラン強硬論を追求する米・イスラエル・エジプトが分断されつつある。米中貿易戦争が長引き、世界経済への深刻な影響が出だせば、米国の指導者としての信頼性は一層傷ついていくのだろう。

日本では民主主義は機能し、健全な対外政策が遂行されているのか?

 日本はこのような世界の趨勢から無縁なのか。

 日本ではポピュリズムが民主主義体制を脅かすといった状況には立ち至っていないように見受けられる。他の先進諸国のようにグローバリゼーションが大きな国内所得格差を生み、他方で移民が雇用を脅かすといった状況を生んでいるわけではなく、社会の分断も生まれていないという事なのだろうか。既成の政治勢力が地歩を失い、大衆に根差すポピュリズムの傾向は感じられない。

 しかし、経済的停滞が長引き、少子高齢化が経済の活性化を妨げ、公的債務が蓄積し、社会保障の将来が危機にさらされている時に、長年政権を担当してきた自民党を中心とする与党勢力が議会のほぼ三分の二を占め、巨大与党体制が続いているのは何故なのだろうか。他の先進国と異なる特異な事情があるに違いない。

 その一つの要因は、本来二大政党制として定着すべきであった民主党の統治が国民の支持を得られなかったばかりか、その後、まとまった勢力を維持できず分裂してしまった事が挙げられるのだろう。健全な二大政党制が出来なかったのは日本の民主主義にとって至極残念なことだ。

 しかしそれ以上に国民が自民党を選択した理由があったのだろう。

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