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米民主党の「悪辣さ」を忘れずに

トランプ弾劾審議の裏の権力闘争

塩原俊彦 高知大学准教授

トランプ弾劾審議の源流はバイデン父子の腐敗問題

 「エスタブリッシュメント」と呼ばれる人々の評判が芳しいとは言えない。おそらく米国の民主党もその典型例だろう。それを強く印象づけているのは、民主党のナンシー・ペロシ下院議長によるドナルド・トランプ大統領への弾劾審議手続きの開始決定ではないか。

 なぜかと言えば、ジョー・バイデン前副大統領父子の「灰色」の不正を無視するかたちで、トランプ大統領の権力濫用だけに焦点をあてようとしているようにみえるからである。これでは、不誠実きわまりない党利党略による弾劾と批判されても仕方ないのではないか。

揺らぐ「グリズリー・ステップ」報告の信憑性

拡大バイデン前副大統領=2019年4月5日、米ワシントン

 そもそも2016年の米大統領選をめぐる、いわゆる「ロシア・ゲート」事件は、民主党の依頼を受けて調査された報告書である、①サイバーセキュリティ会社、クラウドストライク社の報告、②元英国情報機関員のクリストファー・スティールの作成したスティール文書を出発点にしている。これらを受けて、2016年12月29日、国土安全保障省(DHS)と連邦捜査局(FBI)は共同分析結果を公表した。ロシアを表す「グリズリー」と草原地帯を示す「ステップ」を合わせた「グリズリー・ステップ:ロシアの悪意あるサイバー活動」というタイトルだった。

 2015年夏に民主党へのサイバー攻撃を実施したのはAdvanced Persistent Threat (APT) 29という第一グループ、第二グループは2016年春にかかわったAPT28であると指摘されている(この名前は FireEyeという米国のサイバーセキュリティ会社によってつけられたもので、中国人の有名なハッカー集団にはAPT10の名がつけられている)。前者は最初のCrowdStrike報告のなかで実行グループとして名指したCozy BearとFancy Bearにそれぞれ対応している。

 「グリズリー・ステップ」報告では、APT29(Cozy Bear)は米国政府内の職員を含む1000人以上に「悪意のあるリンク」を含むメールを送りつけるという手口で民主党全国委員会(DNC)のサイトに入り込むことに成功し、民主党内のメールを盗み出したという。

 APT28(Fancy Bear)は自らの運営するインフラにホストした嘘のウェブメール・ドメインを通じてパスワードの変更を求める依頼をする手口で認証番号を盗み出し、アクセス権を得てその内容を盗むものだった。こうした流れを受けて2017年5月、ロバート・モラーが特別検察官に任命されて刑事捜査が行われたのだが、そもそもこうした流れを生み出した最初の民主党主導の報告書に「陰謀」の臭いを感じているのがトランプなのだ。

 たしかに最初の二つの報告書に疑義がないわけではない。その結果、「グリズリー・ステップ」報告の信憑性も揺らいでいる。だからこそ、2019年7月25日にトランプ大統領が行ったウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領との電話会談において、トランプはわざわざクラウドストライクの名前を出して、ゼレンスキーに全容解明を求めている。この事実は、あまり注目されていないが、実はきわめて興味深い。

 クラウドストライク社の報告が問題なのは、クラウドストライク社の政府への最終報告書がつくられたわけではなく、FBIも最終報告書を求めなかったという事実である。つまり、DNCのサーバーをロシア側がハッキングしたというクラウドストライク社の言い分の精査がまったく行われていないのだ。

 ロシアがDNCをハッキングしたと結論づけるのにFBIが頼ったクラウドストライク社は最終報告を完成させないまま、草案がFBIに「自主的に」渡されただけなのだ。この点については、FBIの当時の長官、ジェイムズ・コーミーが公聴会でFBIの専門家にハッキングされたコンピューターを検査させなかったことを認めている。つまり、クラウドストライク社の調査を鵜呑みにしたことになる。そのクラウドストライク社の共同設立者の一人はロミトリー・アルペロヴィッチという反ウラジーミル・プーチン大統領の反ロシア主義者であった。

 ロシアゲート疑惑の発端となったスティール報告もまたきわめて怪しい(この文書はネット上で入手可能)。この点については、ユーリヤ・ラティニナという、反プーチンで知られるロシア人ジャーナリストが『ノーヴァヤ・ガゼータ』のサイトに2019年4月21日に興味深い記事を書いている。元英諜報機関MI6のエージェントだったというクリストファー・スティールだが、疑問符のつく報告ばかりを作成していたらしいのだ。

 2016年6月20日付のメモが最初に出てくる。そこに、いかにもトランプらしい逸話が書かれている。トランプが滞在したリッツカールトン・ホテルのスイートルームで、オバマ大統領夫妻が滞在したその場所、そのベッドにおいて、多数の売春婦に小便をさせてトランプはそれをながめていた――という話だ。ホテルはKGBの後継機関である連邦保安局(FSB)の管理下にあり、すべての主要な部屋に録音機や隠しカメラが仕込まれていたとも書かれている。この話は、いまでは有名な話になっている。トランプなら「真実であろう」と、多くの人が思うだろう。

 しかし、ラティニナによれば、これは「フェイクである」。ラティニナは「プーチン嫌い」の反プーチンの急先鋒として知られている人物だから、彼女はトランプの肩をもとうとしているわけではない。「真実」に近づこうと、ジャーナリスト魂で真実に迫ろうとしているだけだ。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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