メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

人文学のススメ(3)7千万の幸せと百万の犠牲

歴史のなかでは1+1=2が実際に成立したことは一度もない

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

戦争のニュースと人文学

 筆者は強力な反戦主義者である。どんな理由や名目があっでも戦争は許せない。たとえ「防衛戦争」という概念をもちだされても、それさえも避ければ避けられるものだろうと信じている。

 戦争は人類が犯した罪の中でもっとも重い罪悪である。遠く離れた事例をいうまでもない、身近なこととして日本と韓国の歴史を振り返るだけでも、戦争はもっとも残酷な状況とトラウマを作り出したことをすぐに確認できる。

 とりわけ、戦争では相互彼我共にその社会のいちばん弱い人々が甚大な被害をこうむる。むしろ戦争を主導してそれを実行する人々より、それに反対する一般の人々のほうがすさまじい状況下におかれる。戦争は多数の民衆の「血の川」を生み出す。

 人文学的思考は、戦争を避けるための思考にもっとも近接している。どんな地域や国でも戦争が過ぎ去った後の時空間には、歴史的にみてものすごく大量の人文学的な省察がおこなわれる。文学が書かれ、歴史が記録され、数多くの物語が紡がれる。

 戦争は許せないということだけが、人文学の省察の到達点であり歴史である。真の人文学的計算は、数の多少を問わず人々が犠牲になってはじめて到達するそのような地点について、結局は答えはマイナスであると主張する。

拡大1950年の朝鮮戦争の惨状=大韓民国歴史博物館HPより

朝鮮半島の統一の値段

 最近のニュースに次のような言説があった。朝鮮半島で戦争が起きた場合、最小限に見積もって約100万人の犠牲を覚悟するなら韓国の統一は可能であるという。これこそまさに反人文学的な思考である。

 筆者は、統一がたとえ韓国人の「夢にも想う願い」であり、もっとも貴重な「価値」であるとしても、100万人の命を代価とすることは愚かであり、沙汰の限りであると思う。7000万人が幸せになるために100万人の犠牲を是とするという考え自体が論外であり、反人文学的思考である。

 戦争に勝つことより戦争を防ぐことがだいじである。戦争のあとでその惨状を省察し、それは絶対に悪であるとすることも人文学のつとめだが、それよりもまず戦争を防ぐことの大切さを、そのような考え方の尊さを主張し続けなければならない。プライドを守るために戦争に勝つのではなく、プライドを捨てても戦争を止めなければならない。指導者のプライドや政治家の威信、軍人の名誉より大切なものが民衆多数の生命であり、民衆の命こそがもっとも高貴な存在であることを世に知らしめるのが人文学の仕事である。

 戦争近しのニュースが、戦争の兆候が荒々しく伝えられるなか、人文学者はこう考える。戦争に勝つ方法を考える者は、一日も早く戦争を止める方策をみつけることに没頭しなければならない。報復を考えている者は報復する必要がない条件を作るしかない。相手にそれができない場合には、私たち自身がそうしなければならない。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

徐正敏の記事

もっと見る