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裁判史の恥辱・永渕健一裁判長「東電無罪」判決

[156]東京地裁、「表現の不自由展・その後」、昭和天皇「拝謁記」……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

9月17日(火) 午前中、「報道特集」の定例会議。今週は木曜日に、強制起訴された東京電力旧経営陣の刑事裁判で判決が言い渡される。これはきちんとやった方がいいとのディレクターの判断に大いに賛成だ。僕は裁判の傍聴から遠ざかっていたが、海渡雄一弁護士は強気の見通しをもっておられるようだ。東京電力社員の証言を法廷で得られたことの意味が大きいと踏んでいるのだろう。

 午後3時からペンクラブ理事会。「表現の不自由展・その後」中止の件で少し発言する。ペンクラブもいろいろ政治的な内部対立があって、各委員会の構成なるものをみて、いろいろなことを考えさせられた。一言で言えば排除の原理。見逃していたNHKの「クローズアップ現代+」の「表現の不自由展・その後」をめぐる回をみる。丸木美術館の学芸員・岡村幸宣さんがスタジオ出演していて、説得力のある意見を開陳していた。NHKは偉い。このネタをちゃんと取り上げているものな。逆に言うと、とりあげられない民間放送の報道番組の方がどうかしているのだ。

NHKの「クローズアップ現代+」NHK「クローズアップ現代+」の公式サイトより

 夕方、文京区民センターで、その「表現の不自由展・その後」実行委員会のメンバー5人が勢ぞろいする形での集会が行われた。思うところがあって取材に行く。先日の名古屋での集会と基本的には同じだが、多少、主張が整理されたようだった。N君にCSでの放送化を相談して撮影の一部を頼む。会場はほぼ満杯になっていた。関心の高さがうかがえる。その後、神保町のYに行く。

9月18日(水) 朝、早起きしてプールへ行き泳ぐ。じっくりと長く泳ぐ。膝が徐々に良くなってきたような気がする。あしたの東電裁判の予習。地震学の権威・島崎邦彦東大名誉教授に判決後にお話を聞くことになっている。

 夕刻から神保町で打ち合わせ。テレビの劣化。世論をつくっているのはワイドショーとネット。警察国家化した安倍改造内閣の布陣。その後、軽く飲酒したのだが、またもや携帯電話をお店に忘れてきてしまった。わりと早く気づいたので、取りに帰って事なきを得た。何やってんだか。携帯電話を首からぶら下げておくストラップが売られているそうだが、首からものをぶら下げるのは基本、好きじゃない。何だか縛られているような気分になるのだ。腕時計もついつい外してしまう。それでも携帯を忘れまくるよりマシか。本当は携帯なんか持っていたくないのだが、もはやこれなしには仕事が成り立たない。いやな世の中になったもんだ。これは進化か。

原発再稼働路線に「お墨付き」を与える判決

9月19日(木) 午前11時に東京地裁前に行くと、大勢の人々が正面玄関のゲート前に集まっていた。東電の旧経営陣、勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の3人の入廷を撮影するために早めに来たが、3人はそれぞれ車で厚労省側のゲートから裁判所構内に入って行った。遠くに姿がみえた。それぞれの被告たちは今、何を思っているのだろうか。短くリポートをした。

 僕は廷内には判決言い渡しのあった後に入れることになっていた。それでそれまでは正面玄関ゲート前でその瞬間を待った。司法記者クラブに行くと、記者たちが忙しく準備をしていた。福島のテレビユー福島の取材陣も来ていた。記者会見室や裁判所のまわりでたくさんの知己をみかける。神保哲生さんや、七澤潔さん、白石草さん、綿井健陽さん、木野龍逸さん、明石昇二郎さん、CNIC(原子力資料情報室)の人たち……。

 13時17分すぎ、裁判所前にいた告訴告発団、支援者グループに、廷内から第一報が入った。「被告人全員無罪!」。ええっ? 人々から落胆のため息と強い怒りの声があがった。短くリポートをする。僕は告訴人たちの顔をじっと観察していた。年齢はまだ若いのだろうが、髪が白髪だらけになっている女性は、一体何が起きたのかが理解できないかのように茫然自失の表情だった。だがしばらくして涙が頬を伝っていた。

 告訴告発団の人々が次々に怒りと抗議のスピーチをしていた。「本当にこの日に真実と正義が実現されるように願っていたが、力は小さいが、これからまたたたかいが始まると思っています」「腐った司法、腐った世界を直しましょう」「裁判所は、何をみてこの判決文を出したのか、納得できない。家を追われ、故郷を追われた。裁判官よ、あなたが経験してみろ」……。

 14時27分から法廷内に入った。永渕健一裁判長がすごく早口で判決文を読み上げていた。事務的に読み上げている感じ。向かって左隣に男性の陪席裁判官。右隣にまだ若そうな女性の陪席裁判官。この若い女性裁判官は合議で何を発言したのだろうか。被告席には弁護人を間に挟みながら、裁判長席に近い順に、勝俣、武黒、武藤の各氏が座っていた。勝俣、武藤の両氏は時折メモをとっていた。検事役の指定弁護人席は衝撃を受けたのか沈んでいる印象だった。一番手前に河合弘之弁護士がいた。20分ほど聴いていたが、いったん法廷を出て、判決要旨に目を通す。一言で言えば、門前払いに近いような判決内容である。

東京電力旧経営陣に対する訴訟で「無罪判決」を出した東京地裁の永渕健一裁判長東京電力旧経営陣に対する訴訟で「無罪判決」を出した東京地裁の永渕健一裁判長

 再び15時45分に廷内に入る。永渕健一裁判長は、途中を省略しながら早い速度で判決文を読み上げ続けていた。ちょうど「長期評価」を裁判所がどのように判断したかのくだりにさしかかっていた。唖然とする内容だった。「長期評価」をほぼ全否定していた。客観的信頼性がなく合理的な根拠もない、と。保安院や中央防災会議、土木学会の姿勢を丸のみしている。

 永渕健一裁判長は、この分野の専門家でもないのに、判決文の中でがんがん踏みこんで、「真理」の判定者(=神)であるかのように“自判”し、空虚な文言を読み上げていた。あのような事故を防ぐには結局のところ原子炉の運転を停止する以外になかったでしょう、そんなことは当時の「社会通念」ではできなかったでしょう、と元も子もないことを言っている。せめて非常用電源をより高い場所に移したり、防潮壁を一部でも作っていたならば、メルトダウン(炉心溶融)という最悪の事態に至らぬ可能性があったかどうか判断しようとさえしていないのだ。

 閉廷後、司法記者クラブの会見室はすし詰め状態になった。記者クラブ幹事社が「○○○、●●●さんから記者会見出席したいとの要望がありました」といちいち報告(了承のため)していた。指定弁護人は「国の原子力行政を忖度した判決」と厳しく批判していた。「あそこまで踏み込んで裁判所が判断していいのか」と悔しさを滲ませていた。僕はその指定弁護人の「忖度」という言葉に正直、弱々しさを感じていた。この判決はむしろ

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