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米中摩擦で加速?アメリカでの東アジア人差別

米国人に潜在的な恐怖感を与える中国の躍進。日中韓でいがみ合っている場合ではない

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

mervas/shutterstock.com

 ハーバード大学に合格したレバノンに住むパレスチナ人の難民が、アメリカからいったん入国を拒否されたものの、NPO等の支援組織の努力もあって入国を認められたという話に、前稿『移民の国アメリカで体験する移民・難民の「現実」』で触れたら、複数の方から貴重な指摘や質問をいただいた。

 ポイントは大きく三つあった。

 一つ目は、ハーバード大学でアジア人枠が減らされているいま、この学生の合格を単純に喜んで良いのか、との意見だった。彼女は中国で大学卒業後、アメリカの有名大学院を出て人材コンサル会社に勤めるキャリア・ウーマンである。ちなみに、ハーバード大学のアジア人学生に対するこうした扱いについては、10月1日に第一審判決が出ている。

 二つ目は、ジェンダーを専門とするフランス系アメリカ人(祖祖父の代で移民)男性からのもので、この男子学生の問題は解決したとしても、中東にはパレスチナ系の女子学生もいるはずで、彼女たちのことに触れないでいいのか、というものであった。彼は、今はやりの大手IT関連企業の一つで働いている若手ビジネスマンだ。

 三つ目は、いわゆるWASPの男性で、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とは別に、パレスチナ難民だけ特別に国連の組織があるとは知らなかった。なぜパレスチナだけ特別なのかという質問だった。彼は、不動産金融のエキスパートで今も西海岸で不動産業を営んでいる。

 三人の指摘はいずれも正しい。とりわけ二つ目と三つ目は、日本人が見落としがち、または避けられがちなポイントでもある。共通するのは、このパレスチナ人の男子学生にとって、米国留学が認められたことはハッピーエンドでも、別の角度から見れば、それが決してハッピーエンドにならない人たちの世界があるというものである。

 前稿の最後で、アジア人の移民について「稿を改めて述べたい」と書いた経緯、先述したようにハーバード大学のアジア人学生の扱いをめぐる判決が出たことを受け、本稿ではアジア人がアメリカで直面する問題について、批判的な目で見ていきたい。

「永遠の差別」の対象である東アジア人

 今でこそ言われなくなったようだが、以前のアメリカでは、日本人、中国人、朝鮮人(南北朝鮮人)といった東アジア人は、「Eternal Discrimination」の対象だと言われていた。「永遠の差別」の意である。この言葉は、かつて筆者も米国の大学院の講義で教えられた。

 アメリカと言えば「黒人差別」が有名で、今も民主党の大統領予備選などで話題になっている。ユダヤ人も、過去に差別されていただけでなく、今でも差別されることがある。ちなみに、ユダヤ人に対するヘイトクライムの件数は、世界レベルでみるとイスラム教徒に対するそれよりも多い。

 黒人、ユダヤ人、イスラム教徒、ヒスパニックなど、アメリカでは差別される側が東アジア人を差別するというのが、「Eternal Discrimination」の意味である。

 東アジアの三民族のうち、中国人はかつてアメリカの大陸横断鉄道建設などで奴隷のように使われ、朝鮮人も朝鮮戦争前後から移民としてアメリカに来て苦労した歴史がある。彼らの対応の基本は、「揉め事を起こすよりも、我慢をして問題をやり過ごす」ということにある、と言われてきた。

 「白人社会のマナーがわからない」、「(ユダヤ人やイスラム教徒のように)集団活動を起こさない(=反乱を起こさないので放置できる)」ことが、差別の背景にあったという説明も受けた。

染みつく「白人優位」の関係

 東京や香港のブランド・ショップでは我がもの顔にふるまう中国人も、パリのブティックでは横柄さが影を潜めている。普通の白人以上に横柄な雰囲気はあるものの、大声で話すとか、順番に関係なく展示品を見たいと要求することはあまりない。

 以前、ニューヨークのブティックで、フランス人と思しき店長らしき人が、マナーの悪いアジア人顧客に対して、注意を喚起した光景を見たことがある。親と子、ないしは先生と生徒的な関係が染みついている印象がした。

 また、アメリカで禁止される差別用語に、アジア人に対するそれは含まれていない。

 たとえば、黒人自身や黒人の肌の色を表す単語だった「ニグロ」は、今では禁止用語であり、使うこと自体が大問題となる。「ブラック」は禁止用語ではなく隠語だが、ミシェル・オバマがベストセラーの自著「マイ・ストーリー」で自分をブラックと呼んでいるものの、使う人と使い方によっては問題となる。

 「I am Black and beautiful」とマーチン・ルーサー・キング・ジュニアは語ったが、それは白人への反発の象徴だからであり、アメリカはこうした言葉が普通に使われる社会ではない。

 これに対し、「イエロー」はそうではない。さすがにアジア人が露骨にそう呼ばれたら差別用語と言えるが、そうでない限り、あまり問題にはならない。ただ、そうした「緩さ」があるがゆえに、「Eternal Discrimination」が続いているという指摘もある。

中国人や朝鮮人より嫌われる日本人

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 なかでも日本人は、第2次世界大戦で米国人と戦い、世界で唯一、アメリカを爆撃した国の国民なので、ベテラン(退役軍人)やその家族に嫌われている例が少なくない。それが他にも伝播しているという実態が、戦後70年以上を経過した今でも根強く存在しているのも事実である。筆者も、自分の手術の担当医が日本人だと知り、嫌だから代えてくれと言った米国人の例を聞いたことがある。

 多くの日本人が、英語やフランス語の発音がうまくないことも、馬鹿にされ易い理由である。なぜ、日本人は発音がうまくならないのか。中国の語学大学の教授からこんな話を聞いたことがある。

 幕末から明治にかけて、日本に入ってきた英語の単語を、日本人は「カタカナ読み」で習得した。そのせいで、逆に英語の発音がおざなりになった。中国人の英語発音が日本人より綺麗なのは、中国にはそれがないからである――。

 語学大学の教授が言うのだから、間違いないだろう。

 くわえて、日本には、いわゆる「バブル」の頃に日本企業がアメリカに進出し、ロックフェラー・センターやエンパイア・ステートビルなどの一流不動産や、米国の有名企業を買い漁った歴史がある。

 米国人の一般的な思いとして、日本は第2次世界大戦時に中国に進出して可哀そうな中国人を虐殺したうえ、あのヒトラーと組んで、日ロ戦争などで支援したアメリカを裏切って真珠湾を不意打ちした国、という怒りが潜在的に残っているという話も、筆者は何度も耳にした。

ハーバード大学のアジア人差別問題

Jorge Salcedo/shutterstock.com

 冒頭で述べたように、ハーバード大学がアジア系米国人を入試で差別したと学生団体が起こした訴訟で、マサツ―セッツ州のボストン地方裁判所は10月1日、判決を出した。「人種に基づくいかなる悪意を示す証拠はなかった」として、アジア系が厳しい基準で減点されたとする原告の訴えを退ける内容だ。「差別はなかった」というわけだ。

 これに先立つ1カ月前、ニューヨーク・タイムズ・マガジン(NYTマガジン)の9月1日号に、「Where does affirmative action leave Asian-Americans?」というタイトルで13ページに及ぶエッセイが掲載された。Affirmative Action とは、要するに「マイノリティー優遇措置」のことである。アジア人はアメリカでマイノリティーとしてこの措置を受ける権利があるかどうかというのが、問題の本質だ。

 NYTマガジンのエッセイはこの裁判を意識して、マイノリティー対象としてのアジア人の学生が、昨今この措置を受けていないと感じている不満について書いている。ここでのアジア人にはベトナム人等も含まれているが、メインは中国人と朝鮮人だ。

 日本人はこの手の問題には顔を出さない。留学生数が減っていることもあるが、ある日本人留学生支援者によれば、それは「恥の文化」があるためだという。優遇措置を受けていること自体を知られたくない、という気持ちが働いているのだという。さらに、日本人の留学生は、企業派遣、官庁派遣の割合が高いことも影響しているだろう。

 アメリカの大学における人種差別の歴史は長い。大学の多くは、政治・社会体制に迎合しており、正義のために差別をなくした大学はごく少数だ。このため、それと戦った学生の歴史も長く、裁判記録等も非常に多い。

 結局、この問題は、移民の国、そして奴隷制をしいていた国が今に引きずる問題のひとつなのである。原告の学生側は最高裁まで戦う準備をしているので、最終的な結論が出るまでの道のりはまだ長い。

子供の世界でも問題が……

 子供の世界でもこの問題が起こりつつある。

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