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医師の働き方改革はどうあるべきか

「患者とともに生きる」精神で頑張らないと医療の質向上と患者からの信頼は得られない

高本眞一 東京大学名誉教授、医師

過労死の原因

 時間外労働のため過重労働が起こり、過労死がおこるので、これを防がなければならないというのも大きな目標になっています。日本の過労死の場合、過重労働により本人の精神的弱体化を起こすことが大きな問題点となっています。自殺の場合、本人の周囲、上司や同僚との人間関係も影響していることが想像されます。精神的疾病が起こるにしろ、同僚や上司との人間関係が円満ならば自殺ということは防げるかもしれないと想像します。子どもの自殺原因は交友関係における「いじめ」が高い割合を占めていますので、大人でも同様なことが考えられ、労働時間だけを考慮するのは過労死の本質の問題から離れすぎていると思います。

 時間外労働が一番多いと言われる心臓血管外科は、通常チームワークで仕事が行われており、チーム内の人間関係は良いとされ、過労死は他の科と比べても多くないのではないかと思います。何よりも我々の行為の中で一番大切にするのはミッションで、「患者とともに生きる」精神を充実させて医療をなすべきで、その次に医師の健康という問題、時間外労働の問題を取り扱わなければならないと考えます。この医師の時間外労働の問題だけを第一に扱うと日本の医療の質が確実に低下することが予想されます。

拡大sheff/shutterstock.com

データベースによる医療の質の評価

 私は日本の心臓血管外科手術のデータベース事業を2000年から始め、現在日本の全ての心臓血管外科手術のデータを分析しています。日本心臓血管外科学会とともにこのデータベースに基づいて問題があると思われる施設に改善策を提案し、質改善のための意見交流を実施して、質の向上に努力しています。現在、心臓血管外科領域では米國が国際的にトップレベルの成績を出していますが、我々のデータベースの結果は日本の心臓血管外科の成績が米国とほぼ同じレベル、ある分野は米国よりもさらに優秀な成績を出していることを明らかにしてきました。

 働き方改革で時間外労働だけを考慮して、患者のための医療の質をしっかり改善するように努力しなければ、手術による死亡の増加など医療の質の低下が起こり、患者にネガティブな影響が直接出てくる可能性があると心配しています。今後、種々の医療システムの改善が予定されていますが、心臓血管外科の臨床の現状は「患者とともに生きる」医療の中で医療の質の向上を進め、データベースでも手術成績のさらなる改善を導かなければならないと考えます。

拡大lenetstan/shutterstock.com

看護婦の特定研修とPA制度

 厚生労働省の予定では医師の時間外労働を減少させるために、タスクシフトとして看護婦の特定研修により今まで医師にしかできなかった医療行為の一部を、研修を受けた看護師にやってもらうことになっています。今後5年のうちに全国の各科の臨床現場に1万人の看護師を医師のタスクシフトとして頑張ってもらうことが予定されています。このことによって、医師の時間外労働は7%少なくなると予想されていますが、このようなことで全国の医療施設における時間外労働が目標通り少なくなるのは難しいのではないかと考えます。

 看護師でこの特定研修を受ける科目は外科、内科、脳外科、整形外科、救急などがあるようですが、心臓血管外科は臨床実技の内容が複雑でかなりの勉学が必要なため、この科のタスクシフトを希望する看護師は極めて少ないのではないかと言われています。医師のタスクシフトとしての看護師は医療の現場での支援に役に立つと考えられますが、医師の代わりに当直をすることはできませんし、1万人の看護師では1施設あたり十分な数の看護師を確保することができず、全国の医師の時間外労働を全て少なくすることは難しいと思います。

 米国では「ナース・プラクティショナー」(NP:Nurse Practioner)、「フィジシャン・アシスタント」(PA:Physician Assistant)制度があり、医師と看護師の間で患者のために有効な医療を代行でできることになっており、米国の医療制度の中でも効率的で、米国の医師の労働時間を減らすのに極めて有効に動いています。米国のこのNP制度は1965年に始まり、NPは全米で 12万5千人以上おり、毎年8千人のNPが誕生していると言いますし、PAも全米に8万5千人以上いて、毎年5千人のPAが誕生しているとのことです。日本がこれから始める体制よりもはるかにしっかりと多くの人によって医療制度が構築され、医師の労働を大幅に減らすことに成功しています。

 米国でのNPは日本の特定看護師制度に似ていますが、個人開業ができたり、処方権を持ったりするので、日本での導入には問題があると考えられます。PAは医師のアシスタントとして、何人かの仲間とともに手術の助手や患者の術後管理など日本の看護師の特定研修よりも広く働いているため、臨床の実力はつき、医師の労働時間の削減に多いに役立てられると考えられます。PAとなるためには看護師だけでなく、検査技師、ME技師などの臨床経験の上で2年間の教育を経て、レジデントの5年生ぐらいの実力をつけて医療支援を行っており、一つの施設で何十人ものPAが働いています。こうしたPA制度が日本にあれば、当直も含めて、医師の時間外労働を減らすだけでなく、日本の医療制度そのものを安定した形に確立できることが期待されます。

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筆者

高本眞一

高本眞一(たかもと・しんいち) 東京大学名誉教授、医師

1947年生まれ。松山市で育つ。1973年東京大学医学部卒業。三井記念病院、ハーバード大学医学部、国立循環器病センターなどを経て、東京大学医学部胸部外科教授、日本心臓血管外科手術データベース機構代表幹事、医療政策人材養成講座設立、その後三井記念病院院長。日本心臓血管外科学会名誉会長。著書「患者さんに伝えたい医師の本心」など。

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