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香港政府の覆面禁止 「顔認証」への重い問いかけ

日本にも迫る「ビッグブラザー」の影

塩原俊彦 高知大学准教授

問われる犯罪捜査活用の是非

 顔認証は犯罪捜査などに活用されるだけでなく、投票などの公的利用もできる。他方で、銀行などによる資金決済やさまざまのサービス提供でも利用可能だ。米国で問題化しているのは犯罪捜査への顔認証システム活用の是非である。

 2019年5月14日、サンフランシスコ市の行政執務官理事会は公的機関がビデオクリップないし写真に基づいて何者かを見つけ出すAIソフトウェアの利用禁止を決定した。顔認証システムを警察などの公的機関が利用して捜査を行うことができなくなったことになる。ついでマサチューセッツ州のサマービル市は同年6月、市の行政機関が公的空間での顔認証ソフトウェアを利用することを禁止した。7月16日には、カリフォルニア州オークランド市も顔認証技術の利用を禁止した。いずれも顔認証の利用による個人認証の誤りが権力の誤った執行や間違った投獄、さらにマイノリティへの迫害につながりかねないリスクを考慮した措置だ。

 一方、シカゴやデトロイトの当局がリアルタイムで利用できる顔認証システムをサウスカロライナにあるDataWorks Plus から購入したとの報道がある(両市では、顔認証チェックが可能なソフトウェアに接続可能なカメラによる監視はすでに行われていた)。他方で、政府によるこのリアルタイムの顔認証技術の利用については、英国の高等法院が2019年9月に警察によるリアルタイムでの顔認証技術の利用をプライバシーや人権を毀損するものではなく受けいれられると認定したことが注目される。英国の場合、南ウェールズ警察とロンドンのメトロポリタン警察がこれを利用している。

 ここで強調したいのは、少なくとも顔認証システムの公的機関による利用が民主主義を守ったり、人権やプライバシーを保護したりする問題として大勢の人々の議論の対象となっている国や地域が存在する事実である。これに対して日本では、監視カメラや顔認証技術の利用がなし崩し的に進むばかりで、こうした動きに歯止めをかけて公権力を明確に規制する動きが広がっているようには思えない。

ドラレコ映像から誤認逮捕も

拡大県議会委員会で誤認逮捕について謝罪する愛媛県警幹部ら=2019年10月3日、松山市

 実際には、事態はきわめて深刻だ。2019年7月22日、愛媛県警松山東署による誤認逮捕事案が公表された。松山市内の路上でタクシー内にあった運転手の現金入りセカンドバッグを何者かが奪ったとされる事件で、愛媛大学の女子大学生が窃盗容疑で逮捕されたのだ。この誤認逮捕の理由は、「映像を見た捜査員の思い込みが原因だった」とされている。タクシー内に取り付けられていたドライブレコーダーの映像が犯行の決定的証拠とされたのだが、犯人とされた人物と逮捕者がまったくの別人であったのである。

 この誤認逮捕はドライブレコーダーの映像を安易に利用することのリスクを示している。この捜査で警察が顔認証ソフトを利用したかどうかはわかっていない。ただ、誤認逮捕された女子大生の手記によると、「指紋採取やポリグラフ検査、3D画像の撮影など、全ての任意捜査に素直に応じてきました」という。にもかかわらず、「3D画像はきちんと解析したのか、ポリグラフ検査の結果はどうだったのかという私からの質問に対しては、はっきりした回答を得ることができませんでした」と、彼女は明確に指摘している。

 3D画像の撮影というのは、「3D顔認証」という最新技術にかかわっている。これまで多くの顔認証では人の顔を平面でとらえる2D顔認証が主流だったのだが、3D顔認証は顔の凹凸までもデータ化し、化粧やヒゲがある場合でも認証を可能にする。すでに、iPhoneXなどで3D顔認証が採用されている。つまり、県警はこの最新顔認証システムを利用しながらも、犯人を間違え、まったくの別人を容疑者として逮捕するに至ったことになる。

 いま日本では、煽り運転への対抗措置としてドライブレコーダーの自動車への搭載が急速に広がっている。これは運転手が自らの正当性を明確にするとともに、煽り運転を受けた証拠とする目的でやむをえない手段となっている。それ自体を批判するつもりはない。問題はたぶん、この先にある。将来、ドライブレコーダーのリアルタイムの情報を集めて監視するシステムが可能となれば、リアルタイムでの衆人環視システムが構築できるようになる。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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