メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

「ポピュリズム」か「環境」か

33歳、新進気鋭のオーストリア次期首相が決める欧州の進路は?

花田吉隆 元防衛大学校教授

拡大国民党の勝利集会で演説するクルツ前首相=2019年9月29日、ウィーン、吉武祐撮影

 9月29日に行われたオーストリア総選挙は、セバスティアン・クルツ前首相率いる国民党の大勝に終わった。国民党の連立相手である極右、自由党によるスキャンダルに端を発した今回の総選挙で、国民党は自らのダメージ・コントロールに成功した。しかし問題はこれからだ。新たな連立の形成は困難を極める。クルツ氏がいかなる連立に踏み切るか、それは欧州に猛威を振るうポピュリズムと、このところ台頭著しい環境主義の今後を占うものともなろう。

 オーストリアは長く、中道右派の国民党と中道左派の社会民主党で政権を担当してきた。しかし欧州各国の例にもれず、この二大政党による支配は次第に衰退、代わって多党化の流れが進行していく。こういう中、政治の流れを変えたのがこのオーストリアでも2015年の難民危機だった。

難民危機を奇貨として国民党を再生

 当時国民党のホープとされたクルツ氏はこの難民危機の到来を奇貨とし国民党を再生させていく。国民党はクルツ氏の下で、みごとに、古臭い旧態依然たる政党から時代の課題に果敢に取り組む政党へと変身したのだ。

 難民危機に際し、クルツ氏がとった戦略は党のポジションを右に旋回させることだった。当時ドイツのメルケル首相は、難民受け入れこそがEUの人道主義の要請であるとし、各国に寛大な対応を求めた。これに対し、当時外相の地位にあったクルツ氏は要請を断固拒否、今や国民の不安は増大の一途にあり、オーストリアに難民受け入れの余地はないと言明した。更に同氏は、ブルカ着用禁止等、反イスラムの姿勢を鮮明にし、穏健な老舗政党という国民党のイメージを一新させた。クルツ氏の「右傾化路線」は奏功、2017年の総選挙で国民党は躍進を果たし、極右自由党と組んで連立政権を発足させた。

 国民党は2000年、ヴォルフガング・シュッセル党首の時、やはり当時イェルク・ハイダー氏に率いられた極右、自由党と連立を組んだことがある。当時は今と違い極右は全くの異端だった。その極右との連立はEU内に大きな物議をかもし、オーストリアはEUの制裁対象になった。しかし、この自由党の政権参加が、現在に至る欧州ポピュリスト政党台頭の端緒となったことは否定しがたい事実である。

 もっとも、ネオナチまがいの言動を繰り返す自由党に有為な人材はなく、結局、同党はスキャンダルにまみれ、程なくして政権の座を追われていく。雌伏の時を迎えた自由党はしばらくの間、政治の表舞台から姿を消していった。

 そういう自由党を救ったのが2015年の難民危機だ。国民の不安に乗じ、瞬く間に力を盛り返していった自由党は、2017年、総選挙に勝利し、国民党と組んで晴れて政権の座に返り咲いた。

 ところが、今度もまた絶頂期は長く続かない。2017年、ハインツ・クリスティアン・シュトラーヘ党首がロシアの新興財閥の姪と称する人物と利益供与に応じる姿がビデオ撮影され、2018年5月にメディアに暴露(「イビザゲート」)、瞬く間に自由党は政権を追われた。加えて、追及の刃はクルツ首相にも伸び、議会は不信任を可決、クルツ氏は辞任を余儀なくされる。今回の総選挙はそういう政治の激震を経て行われたものだった。

 結果は、国民党37.1%(前回比5.6ポイント増)、社会民主党21.7%(5.2ポイント減)、自由党16.1%(9.9ポイント減)、緑の党14.0%(10.2ポイント増)。

 即ち、国民党と緑の党が大きく躍進、社会民主党と自由党が大敗と、明暗を分ける形となった。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

1953年生まれ。在スイス大使館公使、在フランクフルト総領事、在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、現在、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」(創成社)「スイスが問う明日の日本」(刀水書房)等。

花田吉隆の記事

もっと見る