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すっきりとしない「不自由展・その後」の再開

異例ずくめの入場制限、補助金不交付も後味悪く、残った禍根

市川速水 朝日新聞編集委員

拡大30枚の観覧権を求めて抽選に並ぶ人たち(奥)と、ごった返す報道陣=2019年10月8日、愛知芸術文化センター(筆者撮影)

 3日間で中断した「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の一つ「表現の不自由展・その後」が2019年10月8日、66日ぶりに再開した。

 想定できない事態が次々と起きた会場内外の騒動も含めた全体が、「言論の不自由とは何か」を生々しくものがたり、日本社会を鈍く冷たく覆う空気を改めて教えてくれた「超大規模イベント」になったと、皮肉にも思えてくる。

中断前から一変した景色とシステム

拡大「不自由展」の抽選受け付けで番号付きの青いバンドを腕に付ける人たち(奥)=2019年10月8日、愛知芸術文化センター(筆者撮影)
 愛知芸術文化センターで再開した「その後」展は、中断前とかなり違う景色とシステムになっていた。

 まず、入場者は抽選制で2回に分け、それぞれ30人しか見られなくなった(翌9日からは観覧者を少し増やした)。合わせて1千人ぐらいの人が会場の10階フロアを取り巻き、並びきれなくて11階まで列をつくる。受け付けで番号の書かれた青いリストバンドをはめて抽選を待つ。

 外れた人は他の企画展示で我慢しなくてはならない。

拡大当選して会場入り口の安全検査に並ぶ人たち=2019年10月8日、愛知芸術文化センター(筆者撮影)
 午後2時と4時、当たった人も金属探知機でピーピーと体を触られてやっと会場に入ることができる。

 報道陣は、事前も観覧時間中も、会場内に入ることも鑑賞する人を撮影することも許されなかった。

 再開前に報道陣が手続きする「プレスルーム」が用意されたが、50人以上が集まって収拾がつかず、地元記者や韓国メディアと「代表撮影社」を決めるのに、かなりの時間を費やした。

 私も取材申請をすませたのに、「報道陣」であることを示すプレスカードは、「整理がつかない」という理由でもらえなかった。

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筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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