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自民が城で公明は石垣。連立20年で一蓮托生に

小選挙区と自公連立で激変した自民の選挙構造。この関係を公明はどういかすか

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

自民党が公明党を必要とするワケ

 その点は、両党のどちらが、より強く相手を必要としているかを考えれば分かる。

 端的に言って、仮に連立解消などということになれば、それによる傷は、公明党より自民党のほうが格段に大きい。致命傷になると言ってもいいだろう。

 それは、自民党の国政選挙、とりわけ衆議院選挙の戦略構造が年を追って大きく変化したことに由来する。

 自民党の選挙(特に衆院選)の運動体は、①衆院選への小選挙区比例代表制の導入、と②公明党の連立、によって、質的に激変したのである。

 まず、①によって、中選挙区時代に自民党の選挙の主軸であった個人後援会が衰弱、それにかわって党の主力支援組織(農業団体、経済団体、建設関連、特定郵便局、遺族会、医師会など三師会)が全国本部と連携し、個別候補の選対をも牛耳るようになった(この構造変化の詳細は別の機会に譲る)。

 くわえて、②の結果、公明党とともに選挙を戦うこととなり、選挙の実働部隊を公明党に依存することになった。選挙における、設営、遊説、動員などに、公明党ほど手慣れた政党はない。「選挙の手足」としてボランティアで動いてくれるのは、公明党の主たる支持母体となっている創価学会員だ。

 かつての自民党選挙は、地元の主婦が炊き出しをし、口紅さえつけない農家の奥さんなどが慣れない接待役をする。選挙カーに乗り込むウグイス嬢も急ごしらえ、演説会場の設営や遊説も、小中学校の同級生や地元の人たち。総じて、ふだんはネクタイを着用していないような人たちが主力であった。

 前述したように自民党の主力支援組織が運動の中心を担うようになると、これまで選挙の手足となっていたこのような人たちが、どうしても外にはじき出される。そこを組織的に補充したのが、公明党、とりわけ創価学会員であった。

自民党候補を落選させる力を持つ公明党票

拡大10月5日で自公連立政権発足から20年となることについて取材に応じる安倍晋三首相=2019年10月4日、首相官邸
 自公両党の選挙における役割分担は、もちろん当初から意図したものではない。20年の間に自然に形成されてきたものだ。

 私には、このような両党の関係が、自民党が城で、公明党がそれを支える強固な石垣のように見える。自民党にとってもはや、石垣が崩れれば、自分たち城もまた崩壊してしまうほど、一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係に至りつつあるのだ。

 小選挙区での公明党票は、一区当たり2~3万票と言われている。この票は、候補者を単独で当選させる力はないが、なければ自民党候補を落選させる力は持っている。かつて私は公明党票を失えば当選できない自民党議員の概数を試算したことがあるが、少なめに見ても数十人が落選するという結論を出した。

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筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

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