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小沢一郎が明かす「宮沢内閣誕生の舞台裏」

(17)宮沢が首相に就任し、金丸は人生最後の落とし穴に落ちた

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

金丸の豹変は藪の中

 首相になる前の竹下登を「褒め殺し攻撃」した日本皇民党事件から金丸信の巨額脱税事件までは一本の糸でつながっている。皇民党のいやがらせをやめさせるために金丸は東京佐川急便社長に暴力団稲川会会長への仲介を依頼。竹下自らの田中角栄邸訪問という条件を果たしたためにいやがらせは終わった。その後、東京佐川急便は稲川会会長の関係会社に巨額の融資や債務保証を実行。東京地検特捜部は東京佐川急便社長らを特別背任容疑で逮捕。その過程で、金丸が東京佐川急便社長から5億円の政治献金を受けていたことがわかった。金丸は政治資金収支報告書への記載漏れで略式起訴され罰金20万円の略式命令を受けたが、刑の軽さに世論が憤激。東京地検は東京国税局の応援を得て、改めて金丸の巨額脱税事件を立件した。

――話は戻りますが、金丸さんはなぜ渡辺美智雄さんから宮沢喜一さんに総裁候補を変えたのですか。

小沢 それは謎なんだよ。

――謎なんですか。

小沢 うん。一説では、金丸さんの奥さんではないかということだ。

――奥さんは、渡辺さんに何かあったんですか。

小沢 ミッチーが嫌いだったようだ。ただ、真相はわからない。ただの下司の勘ぐりとも言える。

――下司の勘ぐりと言うか、そういう説もあるということですね。

小沢 そうそう。普通に考えれば、竹下さんとぼくと3人で決めたことをひっくり返すわけはないんだ。

――しかし、金丸さんの奥さんはどうして渡辺さんを嫌いだったんですか。

小沢 知らない。そんなことは知らない。だけど、嫌いということは本当だったようだ。理由は知らないが。

――そうですか。しかし、金丸さんが結論をひっくり返した時、本当に驚いたでしょうね。

小沢 あれは、びっくりした。竹下さんと本当に顔を見合わせて驚いちゃった。唖然としました。

――その時に、小沢さんも竹下さんも、金丸さんに対して理由を聞かなかったのですか。

小沢 あの金丸さんが頼むって頭を下げたわけだから、あえて理由を聞くとかの話じゃなかった。田中角栄さんが中曽根さんを選んだ時だって有名な逸話があるじゃないか。みんな中曽根嫌いで「だめだ、だめだ」と言っていたけど、その時も金丸さんが「俺も中曽根さんは嫌いだけど、親分が黒と言ったら黒、白と言ったら白だ。それがいやなら出ていくしかない」と言って、その一言で中曽根さんに決まっちゃった。単純ではあるが(笑)。

――ちょっと単純過ぎますね。

小沢 うんうん。そう(笑)。だけど、ある意味明快でいいんだな。
――明快と言えば明快ですが、理由が明快ではないですね。

小沢 理由はね。

――金丸さんという人は、まさに古いタイプの政治家という印象ですね。

小沢 それはそうだよ。だけど、金丸さんのいいところは、自分は決してトップを望まなくて、若い者の言うことは1年生の言うことでも何でも聞いたということだ。正しいと思ったことは「うん、そうだな。うんうん」って言って。だから、ぼくの言うことも聞いてくれた。なるほどと思ったら「うん、じゃあそれでいい」と言ってくれました。

――なるほど。そういうことですか。

小沢 だけど、竹下さんはそうはいかない。

拡大退陣を表明した海部俊樹首相(自民党総裁)の後継総裁を決める1991年10月の党総裁選挙で、最大派閥の竹下派が宮沢派会長の宮沢喜一氏支持を決めた。これを受けて、宮沢氏は都内のホテルオークラで竹下登・元首相(右)を出迎えて会談、謝意を表した。=1991年10月14日

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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