グローバル企業が海外の子会社に使う「定石」を踏まえた人事が持つ意味
2019年10月16日
10月8日、日産の取締役会は、9月9日に代表執行役社長と最高経営責任者(CEO)を辞任した西川廣人取締役の後任に、専務執行役員・東風汽車有限公司総裁(日産の中国子会社)、中国マネジメントコミッティ議長の内田誠氏を任命した。
また、一時的に代表執行役社長兼最高経営責任者を兼務していた山内康裕・代表執行役最高執行責任者(COO)の後任として、ルノー出身で三菱自動車最高執行責任者のアシュワニ・グプタ氏を任命。さらにグプタ氏の直属の部下となる新たなポストの執行役副COOに、この5月からパフォーマンスリカバリーを担当した専務執行役員の関淳氏を任命した。
取締役会議長の木村康氏と筆頭社外取締役・指名委員会委員長の豊田正和氏は記者会見で、任命理由として「国際人」「アライアンス重視」「スピード経営」という面で一致する3人によるコンセンサス経営を上げた。くわえて、一人が強いリーダーシップを発揮することの負の側面も考えて、「三頭体制」を敷いたとも説明した。また、西川・前CEOが作った3年計画のリカバリー・プランについては、「西川プラン」という呼び方自体に違和感があるものの、基本的にはこれを日産のプランとして遂行し続けたい希望を示した。
本稿では、9月18日の拙稿「西川社長に即時辞任を勧告した日産は正しかったか」を踏まえ、来年1月1日までの状況を見極めると言う視点から、グローバル企業のガバナンスという観点と現実の経営の難しさという点で評価を試みたい。
普通は、子会社側の代表をCEOに、親会社との連絡を行う親会社からの派遣者をCo-CEO(共同経営責任者)に、実務を行う担当者をCOOにというものなので、多少の相違点はあるが、日産の場合も基本的に変わりはない。
つまり、本部の意向で経営したいものの、日本の生産現場や市場環境、子会社の親会社への感情等がわからないため、基本は日産勢に任せたうえで、三菱でスムーズなコミュニケーションを定着させ始めていた親会社派遣のグプタ氏をCOOに赴任させたということだろう。
ちなみに、1999年のゴーン前会長着任時がこうした定石と異なるのは、日産の経営失敗による破綻(はたん)を防ぐための救済だったので、当時の日産の経営体制をすべて否定するところから始まったためである。
グプタ氏がCOO指名されたのは、彼がフランス人ではなく、経歴上もフランス的やり方にも染まっていないため、三菱等での1年余の実績を含めて、ルノーの意思を代表するなかで、日産との緩衝材となり得ると判断されたためだろう。そこにルノー経営陣の意志が透けてみえる。
余談ながら、欧州諸国の国内の守備隊編成や植民地経営の歴史では、本国人ではなく、別の国からの管理官を使用する事例は少なくない。例えば、フランスで1789年にバスチーユ監獄を守っていたのはスイスからの傭兵だし、アメリカ独立戦争に加担したドイツ人等も最初はイギリスの雇人だった人たちがいた。
ここで生じるリスクは、ミイラ取りがミイラになることだが、ボストン茶会事件でイギリス海軍が米国人の行動を傍観したことを考えれば、ゴーン前会長のケースと同じというのが歴史の教訓だ。
ゴーン色を払拭するとして翌12日、ルノーはボレロCEOを実質的に解任し、臨時のCEOにテルボスCFOを、その補佐役として二人の副CEOを決めており、この日程に日産の取締役会も合わせる必要があったということだと思われる。
本来であれば、指名委員会での新CEO、COO、副COOの選任から取締役会での決定まで時間を置いて、旧CEO、COOの処遇と同時に発表するのが妥当だったと思うが、ルノーとの関係上、時間がなかったのだろう。
名実ともに、日産はルノーの子会社になりつつあるのだ。
木村取締役会議長は、外国人記者が言及した「西川プラン」という言葉に違和感を覚えると応えた。
とすれば、まずは新CEOの内田氏がこれを実行するかどうかを決める必要がある。3頭体制のため、3人の合意が必要になるが、COOのグプタ氏の存在を考えれば、ルノーも現プランの維持をすでに合意したと考えられるので、変更の可能性は低いはずだ。
今後、日産が留意するべきは、組織が頭でっかちになるリスクである。西川氏は来年6月の定時株主総会で取締役を退任するかも知れないが、今後のゴーン裁判のことを考えれば、少なくとも顧問としては残るのだろう。日産としては、彼を社外に出して、黙秘および裁判への出席を受け入れなくなるリスクを防ぐ必要があるからだ。
これまでの経緯と、日本企業の一般的な慣習からすれば、山内氏が会長となる可能性もなしとしない。日本においては、会社の「社」の長が社長で、会社の「会」の長が会長という、伝統的な発想に基づく上下を示すポストなので決しておかしなことではない。実際、社長の若返りで割りを食らった年長者のポストにしている事例は意外と多い。
仮に、山内氏が会長となった場合、英語では、内田新社長は「Representative Officer and Chief Executive Officer」 なので、「President」という名称とすることが可能だ。
ただし、社外取締役の木村氏が取締役会の「会議長」(Chairman of the Board)なので、日本語としては「会長」と「会議長」というのは区別しにくいため、副会長となる可能性もあるだろう。
また、こういう役員人事自体、「Chairman⇒President⇒CEO」という欧米的なヒエラルキーと、「会長⇒副会長⇒社長」という日本的なヒエラルキーの混合型なので、外部からも、社内からもわかりずらい体制となるリスクはある。
なお、経営陣のバランスと連続性やヒエラルキーの整合性を考えているかという意味では、取締役会も、社外取締役で一番の筆頭社外取締役は豊田氏、会議で采配を振るう取締役会議長(社外取締役)は木村氏と、本当はどちらが上なのかが不明確である。これは、日本企業に特有の問題かも知れないし、ゴーン前会長が赴任する前からトップの専横が問題となってきた日産という会社の性格によるものなのかも知れない。
しかし、これでは、「ゴーン色」、「西川色」を払拭して船出したいトップ3が手腕を発揮しにくくなる可能性もある。いわゆる二重統治のリスクである。
だが、これもルノーからすると、海外子会社の問題だと片付けることは可能で、問題が起きた際に大株主として意見すればいいだけなので、スナール日産取締役(ルノー会長)にしてみれば、親会社(最大株主)代表として出席する日産の取締役会を通じてマネージできる範囲内ということなのかもしれない。
読者の中には、上述のような体制で苦労した経験をお持ちの方もおられるだろう。
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