冨名腰隆(ふなこし・たかし) 朝日新聞記者 中国総局員
1977年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。2000年、朝日新聞入社。静岡、新潟総局を経て2005年に政治部。首相官邸、自民党、公明党、民主党、外務省などを担当。2016年に上海支局長、2018年より中国総局員。共著に「小泉純一郎、最後の闘い ただちに『原発ゼロ』へ!」(筑摩書房)
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
中国建国70周年式典の演説は8分。「新時代」も「強国」もなし。一体何が起きたのか
では、逆に習氏の演説に新たに盛り込まれた内容に焦点を当ててみたい。その変化には、大きく二つのポイントがある。
一つは、世界との連帯を強く押し出した点だ。
中国の外交政策は長らく、毛時代の「平和5原則(主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、相互の内政不干渉、平等互恵、平和共存)」と鄧時代の「独立自主(いかなる大国にも依存せず、圧力に屈しない)」が基礎になってきた。江・胡両氏の演説には、いずれもこの文言が入っている。習氏はその表現をなくし、代わりに自らが提唱する「人類運命共同体」を推進していくと訴えた。
習氏は、平和5原則や独立自主を否定しているわけではない。人類運命共同体は、さらにもう一歩踏み込み、他国との経済的連携を強めながらウィンウィンの関係を構築しつつ、世界秩序を形成していくという考え方だ。
ヒントは、式典に先立つ9月27日に発表した「新時代の中国と世界」白書の中にあった。白書は、人類運命共同体の構築について「各国が統一の価値基準を順守するよう求めることでも、片方の主張を少数に押しつけることでもなく、異なる社会制度やイデオロギー、歴史、文明の中で、利益の共存や責任の分担を図るものだ」と説明している。
「今日の世界は100年に1度の大きな変革期を迎えており、人類社会は希望と挑戦に満ちている」。習氏以下、現最高指導部メンバーが聞き飽きるほど繰り返すこのフレーズもまた、中国の現在の世界観をよく表している。総じて言えば、米国などが冷戦時代から維持する同盟関係を基軸とした外交が「時代遅れではないか」と世界に問いかけているのだ。白書でもこの点を強調し、「米国は冷戦思想を捨て、自らと中国と世界を正しく認識すべきだ」と指摘している。
もう一つ、習氏が演説に込めたのは、その米国に向けたと思われる次の言葉だ。「いかなる勢力も、偉大な祖国の地位を揺るがすことはできず、いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻むことはできない」。江・胡両氏の演説にはなかったこの一文こそが、習氏が最も強く訴えたかった中身ではないだろうか。
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