ロシアの軍事支援、「資源の呪い」国家への階段
2019年10月22日
三井物産が関与し日本の税金が投入されるアフリカ・モザンビークの天然ガス開発。米国をはじめ世界の資金がなだれ込んで政治は腐敗し、国内の格差は拡大。イスラム国(ISIS)が関与を表明する襲撃事件も相次ぎ、治安維持を口実とした国家による暴力が広がる。そこへロシアがモザンビーク政府への軍事支援に乗り出した。
大国の思惑が交錯する天然ガス争奪戦がもたらした国内闘争の泥沼化に苦しむ現地の人びと。最前線でこれに抗う市民社会には死者も出ている。日本の関心は資源ばかりに向いてこの国の惨状は「遠い国のできごと」と他人事だ。しかし、本当にそうなのか?
一連の出来事の真相を、歴史と国際関係の「縦軸と横軸」であぶり出す。連載の最終回。
モザンビーク国防大臣が海外からの協力を求めた2日後の9月26日、ロシアから空輸され、ナカラ国際空港に到着した兵器の写真がモザンビーク内外を駆け巡った。
地元紙Carta de Moçambiqueによると、兵器はロシアの民間軍事会社ワグネル(Wagner Group)社のものであり、ナカラ国際空港でロシア製輸送機に移し替えられ、カーボデルガード州に向けて飛び立ったという。同紙は、モザンビーク国防省に取材したものの、「何も知らない」との回答が返ってきたことを明らかにしている。
また同紙は、ワグネル社の関係者が、すでに1ヶ月前から、ナンプーラ州のナカラ市、カーボデルガード州のマコミア、ムエダに駐留していると報じている(Carta de Moçambique 2019年9月27日)。なお、ムエダはニュシ大統領とントゥムケ大臣の出身地であり、「マコンデ人の心臓部」と呼ばれるムエダ高原にある。
今月2日のThe Times紙では、ヘリコプター3機、200名のロシア人戦闘員がすでにモザンビーク北部に到着しており、この中にはエリート部隊とパイロットが含まれ、モザンビーク国軍の訓練にあたると詳報されている(こちら参照)。その2日後のAfrican Intelligence誌によると、ロシアから提供された支援には、上空からの諜報と攻撃が可能なMi17ヘリコプター一機、ドローン数機が含まれていたという(African Intelligence 2019年10月4日)。
実は、昨年4月、モザンビーク国防大臣が、ロシアの国防大臣との間で、ロシア海軍のモザンビーク入港を認める合意を調印していたことが明らかになっている。今年8月には、モザンビークの閣僚会議がこれを追認したばかりであった。
また、同月22日、ニュシ大統領がロシアに訪問した際、2国間の軍事部門ならびにエネルギー部門での協力強化を確認したことが、Voice of America(VOA)に言及されている(VOA 2019年10月2日)。後に詳しく触れるが、ここでは、「軍事協力」と「エネルギー分野での協力」が並列されている点に注目したい。
ロシアからの軍事支援の到着に国際的な注目が高まる中、今月4日、国連総会から戻ったばかりのジョゼ・パシェコ外務・国際協力大臣は、この件について「タイムリーな支援」であり、「人びとを保護し、秩序を保つための能力向上のための協力」と主張した。しかし、ロシア人兵士(傭兵含む)の存在や武器の種類や量についての説明はなく、これは駐モザンビーク・ロシア大使館も同様であった(Lusa 2019年10月4日)。
続けてパシェコ大臣は、レナモとの和平合意が成立した現在においては、この北部の武力攻撃を「喉元に刺さったトゲ」と表現し、この終結のために「すべての協力を歓迎する」と述べ、ロシアの軍事支援が排他的なものではないと強調した。
ワグネル社は、ロシアの民間軍事会社スロヴォニック(Slovonic)社の後継企業として2013年に設立され、ウクライナ東部やシリアの戦場でロシア軍と共に作戦を展開してきた(Caleb M. Larson 2019年1月7日)。その後、アフリカの中央アフリカやスーダンにも進出し、特に中央アフリカの天然資源が集中する地域に展開していること、大統領予備軍の軍事訓練をしていることが分かっている(BBC 2018年2月23日)。
民間軍事会社(PMC)をいち早く自らの軍事戦略に取り入れたのはアメリカであった。特に、2000年代以降の「対テロ戦争」ではPMCの存在が世界的に注目を浴びるようになった。これらの企業は、民間警備会社(PSC)とも呼ばれるように、主に軍事協力相手の政府軍や民兵の軍事訓練、兵站、危険な地域での物流や要人エスコートなどを担当する。
2008年9月には、スイスと国際赤十字社の働きかけで、民間軍事セキュリティ会社(PMSC)の国際法遵守を求める「モントルー文書」が英米仏を含む17カ国に採択された。この結果、PMSCとその出身国・依頼国・活動国による行動指針遵守の責任が義務づけられた。現在までに、56カ国3地域機構がこれに加わっている(こちら参照)。
しかし、ロシアの名前は見当たらない。それだけでなく、外交政策において行動を共にすることが多いアンゴラが「モントルー文書」の最初の署名国になっているにもかかわらず、モザンビークが現在もこれに加わっていないことには注意が必要である。
同様に、ワグネル社が活動するいずれの国も「モントルー文書」に署名していない。そのため、同社による活動の全容は闇に包まれたままである。それでも、シリアなどで、ワグネル社が正規のロシア軍に代わり、最前線での軍事直接行動に関与していることが明らかになりつつある。
BBCは、2017年3月のISILからのシリア・パルミラの奪還作戦で、ワグネル社の戦闘員が先頭に立って地上での攻撃を仕掛け、それをロシア空軍が爆撃で支援、シリア政府軍が後に続いたと報道している(BBC 2018年2月23日)。2018年2月、同じくシリアのデリソールでの米国軍との戦闘では、ワグネル社の戦闘員が200名近く犠牲になったとされている(New York Times 2018年5月24日)。正規軍兵士の死者数を偽ることは極めて難しいが、雇われた戦闘員については戦闘行為への参加人数を含め正確なデータを把握することは容易ではない。
米国の民間軍事会社が同国の外交・軍事行動の後方支援を担うのに対し、ロシアのワグネル社が、プーチン大統領周辺の利権に直結する活動に従事している点は重要である(BBC 2018年2月23日)。
その典型的事例が、中央アフリカでの活動である。ワグネル社の100名を超える戦闘員が、ダイヤモンド・金・ウランの産地で活動し、地元武装勢力や大統領親衛隊の訓練や武器の管理をしているというが、真相は依然として闇である(CITEAM 2018年4月23日)。
フランスの専門家は、中央アフリカにおけるワグネル社を使った活動を「一石二鳥」作戦と称し、「プーチン一族(クラン)」の経済的利権確保とロシアのアフリカでのプレゼンス拡張の両方を実現していると解説する(Europe1 2018年2月12日)。BBCはワグネル社の背後にプーチン大統領の最側近の一人エフゲニー・プリゴジン(「プーチンの料理人」)の名を挙げている。同氏は、シリアでの軍事計画の参謀役を務めたばかりか、ウクライナでのロシア軍の基地建設にも関与したと報じられている(BBC 2018年2月23日)。
RFIによると、今回の軍事支援の根拠となった8月22日のプーチン=ニュシ合意には、国内すべての天然ガス開発に関与するモザンビーク石油公社とロシアの石油最大王手ロスネフチ(Rosneft)社間の協力が合意されたという。つまり、モザンビーク北部での天然ガス開発に、ロシアが直接関与する道が開かれたのである。これと引き換えに、ロシアは対モザンビーク債務の95%の放棄を約束した(RFI 2019年8月23日)。
資源開発と軍事支援を同時に扱う流れは、まさに中央アフリカに連なる動きといえる。そして、軍事部分を担うのは、中央アフリカと同様に、国内的にも国際的にも行動指針遵守や透明性への責任を負わせられていない民間軍事会社ワグネル社であった。
闇に包まれたワグナル社の実体を明らかにしようと、ロシアのジャーナリストは取材を続けてきた。しかし、2018年7月、中央アフリカでの現地調査中のロシア人ジャーナリスト3名が「何者かに襲われ」殺害されている(産経新聞2019年10月19日)。同年4月には、ロシア国内で同社の情報を探っていた記者が「不審死」を遂げたことが、欧州安保協力機構(OSCE)の「メディアの自由に関する代表」の発表を受けて、日本でも報道されている(朝日新聞 2018年4月17日)。
そのワグナル社が、突如モザンビーク北部の「アメリカ利権の核心」に現れたのである。
モザンビークにおける「アメリカ利権の核心」であった天然ガス開発地カーボデルガード州に、ロシアのプーチン大統領と密なる関係を有する民間軍事会社が現れたことは、様々な憶測を飛び交わせた。
一例をあげると、ロシアを連れてくることで、アメリカとの間で勢力均衡を生じさせ、モザンビーク政府の立場を強めようとの試みとの見立てである(DW 2019年9月28日)。
筆者もその見解に異論はない。しかし、留意したいのは、ロシアの軍事支援が到着した数日後、アナダルコ社のモザンビークでの天然ガス事業は、フランスのトタル(Total)社に売却されている点である(こちら参照)。
石油価格の低迷に喘ぎ巨額の債務を抱えたアナダルコ社による身売りは、早くから噂されていたが、一旦はアメリカの石油メジャー・オクシデンタル(Occidental)社への身売りが決定していた(Reuters 2019年5月9日)。その後8月に、同社アフリカ事業のトタル社への売却が発表され(Bloomberg 2019年8月16日)、今月1日についにこれが完了した。
ただし、アナダルコ社の身売りによって、アメリカの利権が消滅した訳ではない。アメリカの別の石油メジャー・エクソンモービル(ExxonMobil)社が、イタリアEni社とならぶ筆頭権益保有社として、第4鉱区での天然ガス開発に参画しているからである(Exxonmobil 2017年12月13日)。また、今月5日、モザンビーク政府は、同社が天然ガス液化事業に330億ドル(約3.3兆円)規模の投資を行うと発表している(Bloomberg 2019年10月5日)。
これに加え、アメリカ輸出入銀行(EXIMUS)は9月26日、最大50億ドル(約5000億円)の融資を決定した。アナダルコ社が三井物産等と進めるアフンギ半島での天然ガスの陸上液化事業のため必要な設備や備品をアメリカ企業が提供することを目的とした融資だという。この結果として、アメリカ国内に6億ドル(約600億円)の利益と1万6400人の雇用がもたらされると予想されている(EXIM 2019年9月26日)。
つまり、アナダルコ社の身売り後も、トランプ大統領の支持基盤である石油メジャーやその関連機関のモザンビーク北部の天然ガス開発への関与は、依然として堅調かつ継続しているのである。
ただし、フランスのトタル社が第1鉱区の筆頭権益社になったように、カーボデルガード州の天然ガス投資は多様化の一途を辿っている。第4鉱区には、ポルトガルのガルプ(Galp)社も出資する一方で、第1鉱区の液化された天然ガスについては、フランス電力会社、日本の東京ガスや東北電力の他、オランダのシェル(Shell)社と英国のセントリカ(Centrica)社などとの購入契約が発表されている(MarketScreener 2019年9月2日)。
このように、モザンビーク北部は依然として「アメリカ利権の核心」ではあるものの、ヨーロッパ各国と日本の石油・エネルギー関係の大企業を巻き込み、「日本を含む欧米による利権の核心」への変貌を遂げているといえる。
その出資合意のラッシュ、かつ総選挙直前の先月末、この「核心」のど真ん中に、ロシアが武器と共に現れたのである。
フレリモ一党体制下のモザンビークは、独立から2年後の1977年、マルクス・レーニン主義を国是とし、ソ連や東ドイツなどの軍事・諜報支援を受けていた。
しかし、1990年の冷戦崩壊直前期、西側諸国とくにアメリカとの協調に舵を切ったフレリモの歴代政権にとって、ロシアとの軍事協力は新しい現象である。
すでに述べた通り、この軍事協力の可能性は1年前から持ち上がっていたものである。では、なぜアメリカは自らの利権が明らかなこの地へのロシアの関与を封じ込めようとしなかったのだろうか。
アメリカが、自らの経済権益を護るために軍事派遣をすることを厭わないことは歴史が証明してきたところである。民族自決を国際公約として掲げながらも、アメリカが、ポルトガルの植民地支配下にあったアンゴラやモザンビークで、NATO加盟国のポルトガル側に軍事支援をし続けた背景には、東西イデオロギー戦争への勝利だけでなく、経済利権が集中する南アフリカを護る狙いがあった。
これは、1969年12月9日のアメリカ国家安全保障会議(NSC)のアフリカに関する調査文書(下図)からも明らかである。独立直前期には、アメリカ海軍が、ナカラ港の改修と駐屯を検討していたほどである。
1992年に和平合意に達するまで100万人以上の死者を出したこの戦争から20年以上の歳月が流れた。かつて、ポルトガル=南部アフリカ白人政権=NATO諸国に対し、武器を取ってまで植民地解放戦争を戦ったニュシ大統領などマコンデ人の国軍高官らが、旧敵アメリカと組み、その出生地で天然ガス油田開発を進める一方、ロシアの軍事支援も到着した、ということである。
これは何を意味しているのだろうか?
モザンビーク政府が、この地域の天然ガス開発と治安に最もコミットしてきたアメリカ政府に、ロシアについて事前に何も知らせなかったと考えることは難しい。この間、モザンビークの国家運営に支障を来すほどの問題を生じさせている「隠れ債務問題」で、キャスティングボードを握る国の一つだからである。
「隠れ債務問題」は、ニュシ大統領が国防大臣(アルマンド・ゲブーザ大統領時)だった時期に、配下の諜報機関(SISE:国家情報治安局、実質上の諜報機関)幹部が設立した3社が、2013年から14年にかけて、スイスやロシアの金融機関から2000億円近くの隠れ融資を受ける一方、その大半の行方が分からなくなっている問題である。アメリカのFBIも捜査を開始し、この「隠れ債務」への国家補償書に署名をした当時の財務大臣マヌエル・チャン(Manuel Chang)が国際指名手配されている。
2018年12月末、元財務大臣はアメリカ当局の要請に従い、南アフリカで身柄を拘束された。しかし、モザンビーク当局は自国への引き渡しを強く主張し、南アフリカ法務大臣は今年5月、チャン元大臣のモザンビークへの引き渡しを宣言する。この背景には、南アフリカの政権与党ANCにとって、モザンビークの政権与党フレリモが、反アパルトヘイト闘争時からの「兄弟組織」という事情がある。その後、法務大臣が交代し、チャン元大臣の処遇については裁判所が決定することとなった。結果、現在も南アフリカで裁判が続いている(VOA 2019年9月20日)。
2016年4月の「隠れ債務問題」発覚後、IMFは融資を即座に停止した。続いて、ヨーロッパをはじめとする14カ国も一般財政支援を中止し、米国も対モザンビーク援助の見直しを発表した。日本もNGOに促される形で融資の拠出を見合わせている(財務省NGO定期協議会2016年6月14日、9月15日)。
この結果、モザンビーク政府が動かせる資金がショートして現地通貨が暴落し、公務員への給料支払いも遅延するなど、数々の問題が発生した。そして2017年1月には、ついに部分的債務不履行宣言が行われている。なお、IMFの融資停止にあたっては、フランスのラガルドIMF総裁(当時)が大きな役割を果たしたという。
その後、融資再開条件とされた国際的な独立監査による「隠れ債務」の全容究明であるが、モザンビーク政府が十分な情報を提供しないため不十分なものに終わり、その後も融資停止が続いてきた。その最中に、FBIが本件に関する200万を超える通信記録(電話、Eメール)や送金記録を取り押さえ、捜査に乗り出していることが明らかになったのである(AIM 2019年1月23日)。
そして昨年12月、ニューヨーク地裁は本件の訴訟を決定し、今年1月3日に訴状を公表した。訴状には「隠れて消えた債務」2000億円の一部、12億円近くをチャン元大臣、合計36.5億円近くをモザンビーク政府高官2名が賄賂として受け取ったと書かれている(Mozambique: news reports & clippings 2019年1月6日)。
のちに、この2名のうち1名が、国防省元諜報局幹部アントニオ・ド・ロザリオ(António do Rosario)であったことがアメリカの司法省により明らかにされた(アメリカ司法省 2019年3月7日)。なお、これに先立って、モザンビーク検察は、この二人以外にモザンビーク銀行総裁(当時)を含む、容疑者11名の氏名を挙げている(AIM 2019年1月11日)。この結果として、ロザリオらは、今年2月にモザンビーク検察当局に逮捕された(Reuters 2019年2月15日)。
しかし、これをモザンビーク検察の真相究明への本気度の証として受け止めるには、留保が必要である。この動きは、チャン元大臣の引き渡し要求と同様、これらのモザンビーク与党エリートがアメリカで裁判にかけられ、この事件だけでなく、その他の汚職を含めた都合の悪い事実が明らかになるのを避けるための措置であった可能性が高いからである。
検察を含めたモザンビーク政府関係者が、チャン元大臣をはじめとする政府高官のアメリカへの身柄引き渡しを阻もうと画策していた時期、ニュシ政権として、もう二点、全力をあげた活動があった。それは、天然ガス油田の操業に向けた直接投資(FDI)の確保、そして「隠れ債務」のリストラである。
2018年末から現在までの間に生じたこれら三つの出来事は一見無関係に見えて、その実、相互に密接に関わりあう。
この間、モザンビーク政府は、「隠れ債務」債権者との間で、天然ガス開発からの収入を債務返済に充てることで合意しようと画策してきた。つまり、債務返済に目処をつけ、「隠れ債務」自体をなかったことにしようとしているのである。
そのためには、天然ガス開発が現実のものとして進められ、諸外国企業にガスを購入してもらい、その収益が国庫に入ることが保証されなければならない。つまり、すでに権益を確保している三井物産とJOGMEGを含む各社に、海外直接投資(FDI)を約束させなければならなかったのである。
しかし、「政情不安」は「高いリスク」として欧米諸国からの海外投資を躊躇させる。その意味で、モザンビーク中部でのレナモ武装勢力の残党との武力衝突だけでなく、カーボデルガード州での度重なる武力攻撃は都合が悪かった。
モザンビーク政府としては、これらを早急に収束させる、あるいは「局所的で海外の犯罪集団に操られたごく一部の悪党によるもので散発的なもの」として矮小化する必要があったのだ。
今年の前半期、「隠し債務」問題がフレリモ政府中枢の汚職に繋がっていたことが明らかにされ、次々に与党の大物が国内外で逮捕されていた。また、天然ガス開発地での武力攻撃が激化し、「イスラム国(ISIS)」が関与を発表して国際的な注目が集まる中、万事休すの政府首脳にとって、天然ガス開発をレバレッジ(梃)として活用すること以外に、自らを救う道がないことは明らかであった。数ヶ月後には、5年に一度の大統領・議会選挙も迫っていた。
この窮状に最初に応答したのが、三井物産・JOGMEGを含む第1鉱区開発コンソーシアムであった。
すでに同コンソーシアムの開発計画は本年2月にモザンビーク閣僚会議に承認されていたが、これらの企業は現実に200億ドル(2兆円)近くの出資者を見つける必要があった。この一報を伝えるブルムバーグ紙の記事には、すでに日本の電力会社が天然ガスを購入する契約を締結していると書かれており、日本勢の重要性が示唆されている(Bloomberg 2019年2月7日)。
そしてついに本年6月4日、ISISによる最初の攻撃関与発表の2日前、モザンビーク閣僚会議はコンソーシアム側からの開発・投資計画を最終承認し、18日にモザンビークの首都マプートで開催された「アメリカ=アフリカ・ビジネスサミット2019」で、最大250億ドル(2.5兆円)規模の直接投資の合意が発表された(JETRO 2019年6月21日)。翌日、三井物産は25億ドル(約2500億円)の直接投資を公式発表している(日経新聞2019年6月19日)。
天然ガス採掘が確実になったことを受けて、「隠れ債務」の債権者との交渉も前進し、今年9月、モザンビーク政府は、天然ガスからの収益をあてにした債務リストラ案への合意を75%の債権者から取り付けた(Lusa 2019年9月16日)。つまり、「臭いものに蓋」の役割を天然ガスは果たしたのである。
これに対して、モザンビークの市民社会は、「隠れ債務」返済をモザンビーク国家・国民が肩代わりすることに反対の声を上げてきた。2017年7月には、予算監視フォーラム(FMO)が、憲法評議会に請願を提出し、「隠れ債務」とその肩代わりについての審議を求めた(Lusa 2017年7月5日)。さらに、今年1月のニューヨーク(NY)地裁による訴状公表を受けて、モザンビークCIP(公共公正センター)も「隠れ債務:我々は払うべきではない。たとえ天然ガスででも」との題の声明を発表し、(1)NY地裁での全容究明まで債権者との交渉停止、(2)クレディスイス社の責任の問題化、(3)モザンビーク検察とNY地裁の協力による容疑者の資産の取り押さえ、(4)関係者の公職停止を要請した(CIP 2019年1月6日)。
そして今年6月5日、モザンビーク憲法評議会は、ついに「違憲判断」を下した。つまり、「隠れ債務」はモザンビーク国家によるものではなく、モザンビーク政府が公費でこれを肩代わりすることは、共和国憲法ならびに国内法に反するとの判断を公表したのである。ニュシ政権にとっては寝耳に水で、市民社会はこれを「勝利」として祝った(DW 2019年6月5日)。
しかし、この翌日、憲法評議会会長は「一身上の都合」で辞任した。新評議会会長をめぐっては様々な駆け引きと憶測が流れたが、ニュシ大統領が指名し、与党フレリモが過半数を占める議会で承認された女性が、7月末に新会長として着任した(Lusa 2019年7月24日)。本来、憲法評議会は行政府に対して優位な立場にあり、その決定を守らせる法的拘束力を持っているが、現在もニュシ政権側はこの「違憲判断」に従う動きを見せていない。
これを受けて、モザンビーク市民社会は、「隠れ債務:私は払わない。たとえ天然ガスででも」キャンペーンを強化し、各国政府や国際世論への働きかけを行っている(CIP 2019年1月6日)。
しかし、現在までのところ、日本を含むドナー各国がこの「違憲判決」遵守をモザンビーク政府に要求している様子は見受けられない。むしろ、ラガルド総裁退任後のIMFは、融資再開の可能性すら見せ始めている。
モザンビーク内外のアクターによる、世界にまたがる一連の出来事は、一見バラバラに見える。しかし、実際には、これらの出来事の根底には、ある共通の強固な意図が流れている。それは、巨額の収賄等の腐敗の事実を軽くし、または見えなくし、あるいは消滅させ、その真相究明を困難にするとともに、それに何らかの形で違和感を表したり、変革に向かおうとする道を塞ごうというニュシ政権とその周辺の意図である。
この手法は、天然ガス開発に、世界の多様なアクター(とりわけIMFや世界銀行を支える欧米諸国)を密接に巻き込むとともに、欧米諸国と軋轢があるロシアを新たに参入させることで、完成に向かいつつある。つまり、天然ガスと軍事力で「臭いものに蓋」をしようとする試みである。
以上から、一連の直接投資や「隠れ債務」債権者との交渉が片付くまでの間、カーボデルガード州での武力攻撃を「外部」「テロ」「十分対応可能」などと公的に過小評価していたフレリモ政府が、9月末に突然態度を一転させた理由が分かる。選挙戦の最中にニュシ大統領らが危機感を露にした理由は、借りられる武力を総動員してでも、政権に抗う勢力を締め付けるとの意思表明であったのだ。
では、アメリカ政府が、議会ではロシアのアフリカでの軍事支援を問題視してはいるものの(GLOBE+2019年5月1日参照)、この件について表立って反発していないのは何故だろうか?
実は、「プーチン大統領の料理人」プリゴジンは、2016年のアメリカ大統領選挙に介入したロシア人13名の一人としてアメリカの検察に起訴されている(BBC 2018年2月17日)。所謂「ロシア・ゲート」の一環としてモラー特別検察官が行った調査報告に基づくものである。
実際、国家間はライバル関係にあるとしても、トランプ大統領とプーチン大統領の関係は良好である(BBC 2018年7月18日)。これまで、北朝鮮への対応やシリアのクルド勢力への軍事支援の引き揚げなど、トランプ大統領は従来のアメリカ外交戦略の路線を踏襲することよりも個人的な経済利益を優先する傾向を明確にしてきた。ここにヒントがあると考えられるが、今後詳しい検証が必要となろう。
むしろ注目すべきはロシアの動きである。
報道で指摘されているように中央アフリカと同様の狙いがあるとすれば、ロシアは「ムスリム過激勢力からの防衛」を錦に掲げ、サハラ以南アフリカにも足場を築き始めたと見るのが自然であろう。
数多くあるサハラ以南アフリカ諸国の資源国の中で、ロシアに白羽の矢が立てられたモザンビーク。これは、ソ連時代の軍事援助という歴史的な背景だけでなく、モザンビークが最近まで観光や農業、漁業国を中心とした経済の貧困国であった上に、ニュシ大統領の前任者ゲブーザ大統領の時期からフレリモ政権が独裁傾向を強めており、新規のビジネス参入が容易であったことと関係していると考えられる。
大規模な海外投資が確実なものとなり、真相究明から逃れ、絶対的な権力を確立できるか否かの岐路に立つニュシ政権が選んだパートナーが、プーチン大統領率いるロシアだったのである。
最新の情報では、2016年アメリカ選挙介入の罪で起訴されている「プーチンの料理人」プリゴジンの関連組織が、選挙直前(10月4日)に、フレリモに有利な選挙情勢データを発表・拡散していたことが明らかになっている(African Intelligence 2019年10月18日)。つまり、ロシアの支援には、現政権をアシストするための政治・選挙介入も含まれていたのである。
このように、突如として、ロシア、アメリカ、日本を含む世界の各国政府やビジネスによる、ガバナンスなど顧みない、なりふり構わぬ資源争奪・開発合戦の「ホットスポット」となったのが、モザンビーク北部であった。
つまり、モザンビーク北部の天然ガスやその他の大規模開発は、モザンビークを一躍、中央アフリカやコンゴ民主共和国などに続く、「資源の呪い国」に連ねさせつつあるのだ。
この観点から、「ムスリム過激派による武力攻撃」は二つの側面を持つ。一つには、急速かつトップダウンで汚職を伴った大規模開発による格差や不公正、環境汚染への地元民衆の広範なる反発。もう一つは、そのような不安定な状況を逆に利用し、経済利益を確実にするための「テロ」を口実とする国家暴力の蔓延。この国家暴力には、正規の軍や警察だけでなく、非正規の民兵や覆面警察、外国の民間軍事会社や警備会社等によるものを含む。
本連載の「上」で紹介したように、南アフリカ出身の企業家ハネコンと遺族が、自分の逮捕が天然ガス油田の真正面にある土地の利用権を奪うための策略だと述べていることを単なる言い訳として無視すべきではない。複数のNGOが、「ムスリム武力集団」に襲われているコミュニティの中には、天然ガス開発関連事業のための土地が含まれていると指摘している点は、重要なポイントである。攻撃の結果、コミュニティから大多数の住民が逃げることによって、誰が一番得をするのか? この問いを常に頭におき続けるべきであろう。
為政者がコントロール可能な暴力状態は、巨額の利益が見込める資源開発を、思い通りに動かすために好都合なツールとして使われている可能性があるのだ。つまり、資源が貪欲なアクターを引き寄せ、それらの利益を確実なものとするために暴力を用いることすら躊躇されず、暴力がさらに暴力を呼び、各アクターはその暴力さえからも利益を吸い取りつつ、経済システムが作り上げられていく「戦争経済」の誕生を、私たちは、この瞬間、目撃しつつあるのかもしれない。
そこで犠牲になるのは、資源が見つかってしまった地域で日々生きる市井の人びと、そして公正なる国家運営と社会を実現しようと奮闘してきたモザンビークの市民社会である。
これらは、民主主義国となったモザンビークでは、憲法で定められた主権者であり、本来、決定権を有するはずの人びとである。しかし、これらの人びとの手からは、ますます情報や真実が隠され、選択肢と決定権が奪われようとしている。武力攻撃を理由に、現場でジャーナリストや研究者、NGOなどの立ち入りが禁じられ、場合によって逮捕までされている点に、これは如実に示されている。
国家権力を握り続ける一握りのフレリモ関係者あるいは投資家が、首都マプート、ワシントン、ニューヨーク、モスクワ、パリ、東京などの密室で、住民の暮らしや社会の公正さや環境を破壊しかねない決定を下すことが当たり前の道が開かれつつある。
本来、資源は人びとに恵みをもたらしうるものである。北海油田を擁したノルウェーが豊かな持続社会を実現しているように。モザンビークにも、その道を進む可能性は十分にあり得た。
しかし、日本を含む各国の政府と企業が、ガバナンスの問題を後回しにし、我先にと進出・投資合戦を繰り広げた結果、その未来は果てしなく遠のいてしまった。そして、生じた腐敗と暴力は、プーチン大統領率いるロシア勢の関心を惹き付けるとともに、その遅れた参入を容易にした。
この連載の「下」で述べた通り、1992年以降の和平後、日本をはじめとする西側諸国はモザンビークの民主化に多大な資金を投じてきた。欧米諸国の中には、腐敗の度合いを強め強権化し続けるフレリモ政府が透明で民主的な統治を行うよう監視し、働きかけるために、市民社会の支援を惜しまず行う国も多かった。
その成果として、天然ガス開発の問題を世界に提起する環境NGOが最前線で活動を続け、憲法評議会の違法判決を引き出したガバナンス監視NGOが専門性もった役割を発揮し、また公正なる社会や選挙の実現を目指して粘り強い活動を続けるNGOも奮闘している。欧米諸国の一部や国際機関のドナー(援助者)が、利権確保のために、フレリモ政府の腐敗への厳しい態度を軟化させる中、モザンビーク社会の最前線で闘うこれらの団体は、残された数少ない希望の光ともいえる。
しかし、だからこそ、これらの団体への弾圧は日に日に強まる一方である。
総選挙の一週間前の今月7日、以上の団体と長年にわたり協働してきたガザ州市民社会フォーラムのアナスタシオ・マタヴェレ(Anastacio Matavele)代表が、10発もの銃弾を撃ち込まれる形で白昼暗殺されたことは象徴的である。暗殺者は犯行現場で事故に遭い、2名が死亡したことで身元が判明した。その身元とは、モザンビーク警察の機動隊(特殊部隊)要員4名であった(BBC 2019年10月10日)。
これを受けて、早々にEU高等弁務官事務所(EU 2019年8月)や米国大使館が非難声明を出したのに続き(在モザンビーク米国大使館 2019年10月8日)、英連邦(コモンウェルス 2019年10月12日)、そして日本を含む世界の市民社会は非難声明を出した(CIVICUS他 2019年10月14日)。しかし、モザンビークを「最重点国」と位置づけ多額の援助・投融資をしているにもかかわらず、日本政府は現在も沈黙したままである。
2019年10月。私たちは、モザンビークが「資源の呪い国」への階段を駆け上がる様子を目の当たりにしつつある。アメリカに続き、モザンビーク北部の最大投資・援助国の一つとなった日本の責任は重い。
しかし、日本政府やJICA(国際協力機構)などの援助関係者は、ガバナンスの健全化を実現するために身体をはってきた現地市民社会の努力を支えるどころか、市民組織の弱体化という真逆の行為に手を貸してきた(『WEB世界』連載)。これについては、別稿で紹介する。
天然ガスが、原発や石油石炭より「環境面でややクリーン」としても、自然エネルギーよりも「汚い」ことは事実である。そして、今、モザンビークだけでなく、世界の天然ガス生産地では、石油と同様の「資源の呪い化」現象が進みつつある。
世界はいま、マネー至上主義のもたらす網の目のような構築物に覆われようとしており、私たちの毎日の暮らしに不可欠な電力や日々納める税金が、リアルタイムで、「遠いどこか」の国家・社会や「知らない誰か」の暮らしと健全な未来を潰しつつある。これを容易に進めるための政治介入が各国で同時に起っており、表面上は反目し合う、あるいは無関係のアクターが裏で繋がってもいる。
暗殺されたマタベレ代表は、かつてコミュニティ新聞の発行者宛に、以下のメッセージを送っていた。
私はあなた方の新聞が本当に好きです。いつ、どこで、誰に、何を、どう伝えるべきかを熟知した新聞だからです。また、あなたたちの情報が真実から生まれ出ているものだからです。このような勇気と謙虚さなしには、誰しも一筋の光に仕えることはできません。心からの敬意とともに抱擁を(2017年7月14日)
このメッセージは、筆者を含むモザンビークや世界の研究者・市民社会関係者にも同時に送られたものであった。
無力感に襲われかねない現在の世界情勢。
しかし、これを変える可能性の鍵を唯一握るのは、資源国であれ投資国であれ、勇気と謙虚さをもって真実を追求し、情報操作に惑わされず、腐敗と不公平な国家運営に抗う各国の主権者の行動である。そのことについて、今いちど考えたい。(完)
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