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日韓に生まれ始めた「潮目の変化」

李首相訪日で日韓首脳会談開催への道が開けるか

牧野愛博 朝日新聞記者(朝鮮半島・日米関係担当)

 最悪の状態に陥っていた日韓関係に変化の兆しが出てきた。契機は文在寅韓国大統領の側近だった曺国法相の辞任と政策の行き詰まりだ。

 関係者は、一番望ましいシナリオとして、李洛淵首相の訪日を契機に対話の雰囲気を盛り上げた後、11月22日に失効する期限が迫る日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)延長と、徴用工や輸出管理規制などを含む包括的な日韓協議の開始での合意を期待している。

 うまくいくかどうかは、お互いの政治判断にかかっており、目が離せない展開となりそうだ。

なぜ潮目が変わり始めたのか

 文在寅大統領は14日、台風19号の被害を受けた日本の安倍晋三首相に対し、慰労と哀悼の電報を送った。

 韓国大統領府によれば、文氏は「被害を受けた多くの日本国民が一日も早く平穏な日常を取り戻すことができるよう、心から祈っている」と語った。これは、韓国の日本専門家の間で、「両首脳間の不信感を取り除くための対話を呼びかけるメッセージだった」と受け止められている。

 日韓メディアによれば、文氏は、22日の天皇即位式に出席するために訪日する李洛淵首相に安倍氏に対する親書を託すという。朝鮮日報は、李氏が安倍氏と会談する際、11月の日韓首脳会談開催を打診する可能性があるとも報じた。日韓関係筋の1人は「どのような展開になるのか、予測が難しいが、文政権の対日政策に変化の兆しが出てきたことは間違いない」と語る。

 日本に対し、強硬一辺倒だった文在寅政権がなぜ、対話を模索するようになったのだろうか。

 大きな契機は10月3日にソウル中心部の光化門で行われた大規模な「反文在寅集会」と、同月14日の曺国法相の辞任劇だったという。

ソウルの中心部、光化門広場で保守系野党の自由韓国党などが開いた曺国法相の解任を要求する集会。「文在寅政権糾弾」のスローガンが叫ばれた=2019年10月3日、東亜日報提供

 保守派が中心となった集会には、40万人以上が参加したという。保守派の一部は過去、「太極旗集会」と呼ばれる同様の集会を週末ごとに開いてきたが、朴槿恵前大統領の釈放も同時に呼びかけてきたため、保守派の広い支持を得られずにいた。ところが、3日の集会は「反文在寅」だけを旗印に結集したため、保守系の反朴槿恵派も取り込み、一気に規模を拡大させることに成功した。

 文氏と側近たちは、この集会を目の当たりにして危機感を募らせたという。わずか3年前、自分たちが同じように光化門前に座り込み、朴槿恵政権を崩壊に追い込んだからだ。

 そして、それから11日後、曺国法相が自身や家族を巡る様々な疑惑の責任を取って辞任した。曺氏は文氏の最側近であり、場合によっては次期大統領選の有力候補にもなり得ると言われた大物だった。同時に、曺氏は結果として文政権の対日強硬政策を演出してきた張本人でもあった。

 曺氏は、自身のフェイスブックに日本企業に韓国人元徴用工らへの賠償を命じた大法院(最高裁)判決について「否定や非難、歪曲する人は親日派(売国奴の意味)と呼ぶべきだ」と投稿してきた。自身の政治姿勢を、過去の抗日独立運動などに重ね合わせる発言も行った。

 関係筋の1人によれば、韓国大統領府内でも、こうした曺氏の言動の背景について、自身を進歩(革新系)陣営の象徴に置き換え、疑惑を覆い隠す思惑があったのではないかという見方が広がっているという。

法相辞任を表明した後、法務省の庁舎を出る曺国氏=2019年10月14日、東亜日報提供

 文氏は、曺氏を巡る疑惑が拡大する一方だったため、曺氏を辞任させる意向をほぼ固めていたが、10月3日の集会が決定打となったという。

 これまで、文氏が曺氏を切り捨てても、逆に難局を乗り切るために、さらに日本叩きを加速させるという見方も出ていた。しかし、曺氏が「反日・抗日」の象徴となっていたため、逆に日本との和解を求める声が力を得ているようだ。

 韓国の今年の経済成長率が2%を切る見通しになるなど、経済状況が悪化していることに加え、南北政策を含む外交分野で成果が出ていないことも影響したとみられる。

今後の展開は?

 24日に予定される安倍晋三首相と李洛淵首相の会談は15分程度となる見通しだ。

 極めて短時間の会談のため、懸案を解決する展開にはなりそうもないが、親書に盛り込まれた文在寅氏のメッセージ次第では、日韓首脳会談開催への道が開ける可能性がある。

 それだけでも大きな政治的成果と言える。安倍氏と文氏の個人的な信頼関係は完全に破壊された状況が続いていたからだ。

APECビジネス諮問委員会に臨む安倍首相。右は韓国の文在寅大統領=2018年11月17日、ポートモレスビー

 首相官邸周辺によれば、安倍氏の文在寅氏に対する感情は今年6月ごろから極度に悪化した。韓国側が大阪で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20)の際に、日韓首脳会談が開けない責任を日本側に押しつけるような態度を取ったことが大きく影響し、半導体3品目の韓国向け輸出管理規制措置の強化を前倒しする結果につながった。

 安倍氏の文在寅氏に対する感情は極度に悪化したままだが、16日の参院予算委員会で、日韓関係について「対話は常に続けなければならず、機会を閉ざす考えはない」とも語った。上述した、文氏の台風19号に関する慰労電などのメッセージが多少の効果を上げているのかもしれない。

 今後の焦点は、安倍氏が「国際法違反」と位置づける、日本企業に損害賠償を求めた徴用工訴訟判決への扱いだろう。

 日本は日本企業への負担を一切認めない考えで、韓国内で有力視されている、韓国側の政府・企業と日本企業が基金を作るとした「1+1+α」案には応じない方針だ。韓国内には、該当する日本企業への徴税を減免したり、別途補助金を支給したりするなどして、事実上の「負担」を避ける案も浮上しているが、日本側には、過去のアジア女性基金や慰安婦財団などが失敗に終わった経緯もあり、基金を設ける構想自体への拒否感は強い。

 韓国政府がこの問題で無理に解決策を求めず、「対話を続ける限りは現状を維持する」として、年末にも予想される日本企業の韓国内資産の現金化を事実上凍結する道を選べば、日本側は受け入れるかもしれない。しかし、日本政府内には「単に協議をするだけでは信用できない。日韓請求権協定を順守するという前提条件をつけるべきだ」という指摘も出ている。

 しかし、文在寅大統領はこれまで、司法判断を尊重する考えを繰り返し強調してきた。元徴用工らを救済したい考えを強調すると同時に、日本の朝鮮半島統治がなければ、こうした問題は発生しなかったとも指摘してきた。上述したような結論は、文氏に政治ポリシーの変更を迫ることになる。

 一方、米国はGSOMIAの延長を韓国側に強く迫っている。南北外交がうまくいっていないなか、米韓同盟を維持する必要性は高まる一方だが、米側の要求に屈することは、米韓同盟に頼りすぎない外交を唱えてきた文氏として望ましい結果ではないだろう。

 韓国はGSOMIA破棄を決めた理由として、日本も輸出管理規制措置の強化を決めた理由に挙げた「信頼関係の破壊」を挙げた。輸出管理規制措置を巡る問題については対話を始めるとしつつ、GSOMIAは延長するというのでは、筋が通らない。事実、韓国政府はこれまで「日本が輸出管理規制措置を撤回すれば、GSOMIA延長も検討できる」という立場を取ってきた。

更なる知恵と工夫、お互いの歩み寄りが必要

 以上を考えた場合、「潮目の変化」は、不信感を募らせてきた日韓両首脳のうち、韓国側だけが姿勢の変化を見せ始めたという段階に過ぎない。

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