メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

小沢一郎「必ず天下を取ってみせる。心配するな」

(18)竹下派分裂から自民党離党、そして政界再編へ。二大政党政治への強い思い

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

「竹下さんは『丸く丸く』の代表」

――政治資金規正法違反の責任を取って金丸さんが竹下派会長を辞めた後、竹下派は竹下さん側と小沢さん側とで対立していきます。両グループが対立を深める原因として、政治改革に対する姿勢、路線の違いというものが大きかったのではないですか。

小沢 それはもう全然違います。ぼくは最初に選挙に出た時から小選挙区制が日本の民主主義にとっては必要だと言ってきたけど、ぼくがずっと言ってきたから金丸さんや竹下さんは反対しなかった。小沢が言うから黙っていただけで、腹の中では反対なんです。しかも、大部分の自民党議員も反対だったんです。それは本当はおかしいんだけどね。鳩山(一郎)さんも田中(角栄)さんも小選挙区制をやろうとしていたんだから。

――そうでしたね。

小沢 自民党議員が反対というのはおかしいことなんだけど、やっぱりみんな、ぬるま湯がいいということなんですね。ぼくの議論としてはその考え方はだめだということだから、ぼくとそのほかの人たちの本質的な考え方の違いというのは非常に大きかったと思います。

――なるほど。しかし、竹下さんは本来、政治改革をやるとずっと言ってきていましたね。

小沢 いや、言葉の意味が全然違います。同じ政治改革という言葉でも、竹下さんの言っていることはなんだかよくわからないことだったんです。日本人は一般的に言っておっかなびっくりでしょう。毎日少しずつ変えていこうという発想が強いものだから、基本的に大きな変化は好まない。竹下さんはその中でも「丸く丸く」という姿勢の代表みたいな感じだったから。

――小沢さんは、そういう「丸く丸く」のしがらみを断ち切るいい機会だと考えたわけですね。

小沢 そうです。

――そういうしがらみを断ち切るというのは、自民党にとっては自分たちが拠って立っている基盤、そういったものから離れるということですよね。そこでお聞きしたいのですが、自民党が拠って立っている基盤というものはどういうものなのでしょうか。

小沢 それは旧体制です。俗に言う戦後体制、55年体制です。自民党で言えば、その体制を支えている団体、農協とか郵政とか医師会とかそういう旧体制からの決別になるわけです。小選挙区制になるとそれらの力は分散される。そういう具体的、実際的な問題もあります。それから、今までと違った小選挙区制で政権交代があると、その行き着く先は旧来の体制を大きく変えるということになりますから。

 小沢が自民党幹事長だった1990年2月の総選挙は、有力政治家への未公開株ばらまきが問題となったリクルート事件の後だった。小沢の盟友、平野貞夫の回想によれば(『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』講談社+α文庫)、小沢は財界からの政治献金を個人個人ではなく党に一本化するという党改革構想を持っており、当時の経済団体連合会(経団連)に300億円の資金提供を要請した。小沢の「豪腕ぶり」が話題になるとともに「高圧的だ」という批判も出た。

――そこで思い出すのは、小沢さんが自民党幹事長時代、経団連に300億円の献金を求めたことがありました。豪腕過ぎると批判もされましたが。

小沢 そうですね。しかし、そんなに集まらなかったんだよ。ぼく自身は財界と付き合いがあまりありませんから、個人的には財界からお金をもらっていません。親父(小沢佐重喜)は後援会を作っていなかったし、ぼくも後援会は作っていません。

――しかし、簡単に言えば、自民党の拠って立つ基盤というのはそこのところにありますよね。

小沢 そういうことですね。それと決別するということです。それは仕方ないことなんです。ぼくはたまたま地元の皆さんがよくしてくれたから選挙が強かった。だから、金なんか要らないという意識がありましたから政治家心理としてはお金のことは余計気にしなかったのでしょう。だけど、財界や労働組合とかと喧嘩しない他の人は、お金がなけりゃとてもやっていけないという感じなんでしょう。

――しかし、どうでしょうか。選挙というものはお金のかかるものですね。拠って立つ基盤を崩すとなると新しい基盤というものはどういうふうになるのでしょうか。

小沢 やっぱり良識ある大衆ですね。その大衆にしても、やっぱり自分自身で努力して絆を作り上げていかなければだめなんです。ぼくは若い政治家にいつも言うんですけど、そういうものは遊んでいては作り上げることはできないんです。

 今、いろんな意味で旧体制のほころびが目立ってきました。特にソ連の崩壊、東西対立の変化というものは歴史的な転換でした。だから、ある意味でそういうものに対応してきた旧来の戦後体制の官僚支配のもとでは、新しい大衆と絆は作れないということですね。

――自民党の拠って立っていた基盤というのは、明治以来の保守政党の歴史そのものとも言えますよね。これを変えるというのはやはり大変なことですね。

小沢 大変なことだけど、国民は内心は変えたがっていたんです。経済が右肩上がりの時はいいんだけど、それがだめになるとやっぱり自分の懐に響くから、これではだめだとなる。それで矛盾がどんどん出てくるから、やっぱり新しく変えた方がいいんじゃないかという意識になってきたわけです。

拡大大喪の礼委員会に臨む竹下登首相。両脇に小渕恵三氏(右)と小沢一郎氏=1989年2月9日、首相官邸

「竹下さんは小渕さんをものすごくかわいがっていた」

――話は最初に戻りますが、金丸さんの後の竹下派会長を決める時、竹下さん側は小渕恵三さんを推しましたね。

小沢 竹下さんが推したんだ。竹下さんは小渕さんをものすごくかわいがっていた。金丸さんがぼくをかわいがっていたのと同じですね。おぶっちゃん(小渕)は竹下さんの言うことは何でも聞いてちゃんと対応していましたから。

・・・ログインして読む
(残り:約3326文字/本文:約6697文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

佐藤章の記事

もっと見る