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天皇が参拝できる靖国に~即位の礼で考えたこと

靖国問題は外交問題ではなく国内問題。安倍首相は国内保守派の説得を

登 誠一郎 社団法人 安保政策研究会理事、元内閣外政審議室長

上皇陛下が訪問できなかった外国と国内施設

 10月22日の即位礼正殿の儀に際しての天皇陛下のお言葉の核心は、「国民の幸せと世界の平和を常に願い、……日本国及び日本国民の統合の象徴としての務めを果たすことを誓います」というくだりであった。

 そしてその直前の文章においては、上皇陛下の在位中の同様なお気持ちにも言及があった。

「即位礼正殿の儀」を終え、退出する天皇陛下=2019年10月22日、皇居・宮殿

 上皇は30年以上の天皇在位期間中に、世界の30以上の国を親善訪問され、日本との友好関係の増進に大きく貢献された。

 また国内においてはすべての都道府県は勿論、その多くの市町村や歴史的、文化的施設を訪れて、国民と親しく交わり、鼓舞もされたが、その真摯なお姿には深く心を打たれるものがあった。

 新天皇がそれを踏襲され、「国民の幸せと世界の平和」をキーワードとして表現されたことには大変心強く感じられた。

 幅広い上皇陛下のご活動の中で、ご訪問ができなかった主要国はロシアと韓国であり、国内の主要施設は靖国神社である。これから何十年も続く新天皇の在任期間中には、これらへのご訪問が実現されることが強く望まれる。

 しかしロシアについては平和条約が締結されるまでは無理であり、韓国については戦後最悪というところまで落ち込んでいる両国関係に抜本的な改善がない限り、治安上の問題もあり、ご訪問は困難と思われる。

 これらは相手国のある外交上の問題であり、日本ひとりの努力では実現に持ち込むことは不可能である。

 他方、靖国神社参拝は、国内問題として日本だけの努力で実現可能なはずである。

「靖国問題」は外交問題ではなく、国内問題ととらえるべし

 今年の靖国神社の秋季例大祭には2年半ぶりに安倍内閣の閣僚2名が参拝したが、これに対して中国および韓国から非難が寄せられた。

 安倍首相は6年前に靖国神社を参拝したが、これに対して同盟国の米国から「失望した」という公式反応が寄せられるなど内外に大きな波紋を生じた。

 国のために尊い命を犠牲にした英霊に対して尊崇の念を表することは、本来なら一国の首相として当然のことであり、内外から批判されるいわれはない。

 しかし1978年に靖国神社がA級戦犯を合祀したことにより状況は一変した。A級戦犯合祀は近隣諸国との国際問題である以前に、我々日本人自身にとっての大きな問題を投げかけた。

 昭和天皇はこれを契機に靖国参拝を中止され、上皇は天皇在位中一度も参拝されなかった。

 これは靖国神社に祀られている英霊の遺族にとっては痛恨の極みである。

 遺族の立場からすると、太平洋戦争で犠牲になった多くの将兵は、天皇のために戦ったと意識し、「天皇陛下万歳」と叫んで戦死したのである。遺族が待ち望んでいるのは、首相というよりも天皇陛下による参拝(即ち親拝)である。

 国内の保守派の論客の中には、昭和天皇が78年以降は靖国神社訪問を中止したのはA級 戦犯合祀とは関係なく、当時国会で問題になった三木首相の参拝を巡る政教分離の議論が皇室に波及することを懸念した結果である、と主張している。

三木武夫首相は1975年8月15日の終戦記念日に、戦後初めて現職総理大臣として靖国神社に参拝した

 しかし、天皇はその後も毎年伊勢神宮ほかのいくつかの神社を参拝されている事実をはじめ、皇室と神道との特殊な関係を考えると、この主張は受け入れがたく、A級戦犯合祀以外には、昭和天皇の参拝中止の理由を見出し得ない。

 2006年に明らかになった富田元宮内庁長官のメモに加え、最近発見された昭和天皇の側近者の日記などによっても、靖国参拝に関する昭和天皇のお考えは明らかと判断される。

なぜA級戦犯が戦争責任者とされるのか

 そもそも靖国神社に祀られている英霊は、明治維新以降に国のために戦って戦死した人びとであるが、合祀されたA級戦犯14名は「戦死」ではない。

 因みに日露戦争の英雄の東郷平八郎元帥も戦死ではないので祀られていない。それにもかかわらず戦後33年たった時に、靖国神社がA級戦犯を「昭和殉難者」として特別に合祀したことが、A級戦犯の再評価、英雄視などとして、国の内外から批判されることになった。

 軍人、民間人合わせて310万人というおびただしい数の日本人が犠牲になった太平洋戦争は、極めて厳しい国際環境に直面した当時の日本が苦肉の策として選択した道であったが、それを指導した一部の強硬派の軍人、政治家、官僚により引き起こされた人災とも言える。

 これらの戦争指導者は日本国民に謝罪し、責任を取るべき立場にあったが、その機会がないままに東京裁判により戦争責任問題の決着が図られた。

 東京裁判は勝者による一方的な裁判として多くの問題を含むが、サンフランシスコ講和条約第11条によって、日本が東京裁判の結果を明示的に受諾した以上、戦争責任者=A級戦犯という図式を受け入れざるを得ない。

 従って「東京裁判は不公正でありA級戦犯に戦争の責任はないので、合祀に問題はない」という反論は成り立たない。

靖国神社参拝後、報道陣の取材に応じる高市早苗総務相=2019年10月18日、東京都千代田区九段北

新たな追悼施設の建設は問題を解決できるか

 A級戦犯の合祀により靖国参拝が大きな問題となって以来、その解決策として、新たな追悼施設の建設、及びA級戦犯の合祀の取り下げ(あるいは分祀)の二つが挙げられてきた。

 第一番目の解決策である新たな追悼施設建設に関しては、小泉内閣の福田官房長官が主催した「追悼・平和祈念のための記念碑などの施設の在り方を考える懇談会」が2002年末に、「国立の無宗教の恒久的施設が必要」との答申を提出した。

 この懇談会の活動については設立当初から、保守勢力を中心に多くの政治家、経済人、評論家などから厳しい批判が寄せられていた。答申提出後は、自民党政権のみならず、2009年に発足した民主党政権においてもこの問題を巡っては党内の保守派と進歩派の溝は深く、この答申の実現化はほとんど議論されなかった。

 2013年には当時の民進党議員でその後に自民党会派に鞍替えしたある参議院議員から、「この懇談会の答申にあるような施設を整えるべきではないか」との質問主意書が参議院議長あてに提出されたが、これに対して政府は安倍首相の名前で、「平和祈念施設のあり方については様々な意見があることから、当分の間、国民世論の動向等の諸般の状況を慎重に見極めて行きたい」との木を鼻でくくったような一行だけの回答を行い、その後も政権内でこの答申の検討は行われていない。

 新たな追悼施設の最大の難点は、もしそれが建設されたとしても、毎年500万人(初詣客及び桜見物人による参拝を除いても400万人以上)に及ぶ現在の参拝者は、追悼施設建設後もそこに参拝するのではなく、引き続き靖国神社に参拝を続けると予想されることである。

 戦没者の慰霊=靖国神社という観念がしみ込んでいる遺族をはじめとする参拝者は、あらたな追悼施設にはなじみが持てず、英霊の魂は靖国神社に宿るという信念を変えることはほとんど不可能と思われる。

 このような状況を考えると、新たな追悼施設は、ワシントンのアーリントン墓地の様に、外国の賓客の参拝対象としての意義はあるものの、いわゆる靖国問題の解決にはならないと結論付けざるを得ない。

靖国神社の参拝を終えた尾辻秀久会長(中央右)、丸山穂高氏(同左)ら「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」所属の国会議員=2019年8月15日、東京都千代田区九段北

A級戦犯の合祀取り下げや分祀は本当に不可能なのか

 第2番目の解決策であるA級戦犯の分祀については、絞首刑になったA級戦犯の遺族(東条元首相を除く6名の遺族)が1986年にこの6名を合祀から降ろすことを要請したが、靖国神社は「教義に基づくと一旦合祀された魂は分祀できない」として拒否したと伝えられている。

 その後も平成時代になってからA級戦犯の遺族の一人は、その合祀が天皇及び首相の靖国参拝の妨げになっていることは甚だ心苦しいとして、合祀取り下げを靖国神社宮司に打診したが、

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