偽りの目的を旗印に掲げた署名運動は日本の民主主義にとって極めて危険だ
2019年10月29日
森ゆうこ参議院議員の質問通告に端を発した自称官僚アカウントによる誹謗問題と、その後の元財務官僚・高橋洋一氏の質問漏洩問題が世間を騒がせた後、今度は質問の対象となった国家戦略特区WG座長代理の原英史氏が、「国会議員による不当な人権侵害を許さず、 森ゆうこ参議院議員の懲罰とさらなる対策の検討を求めます。」という、率直にいって前代未聞の署名運動を開始しました(詳しくはこちら)。
必ずしも世間の注目度が高いとは言えないものの、一部の耳目を集めており、個人的に看過できないと考えるので、この署名運動に対する私見を述べたいと思います。
まず前提として、この懲罰要求署名運動は民間がやっている運動であり、それ自体は自由です。しかし、当然のことながらそれをどう感じるか、どう評価するかもまた自由であり、それゆえに私見を述べるわけですが、率直に言ってこの運動は、
①そもそも懲罰に該当しないことに対して懲罰を求めており筋違いである
②運動の発起人(※注)は懲罰に該当しないことをわかっているはずで、実現する気のない「偽」の目的を旗印に掲げた運動である
③このような運動が民主主義を危うくすることにあまりに無自覚である
ことから、恐縮ながら、極めて「格好の悪い」「不気味な」ものであると私は思いま
す。
※発起人
朝比奈一郎、生田與克、池田信夫、岩瀬達哉、上山信一、加藤康之、岸博幸、鈴木崇弘、髙橋洋一、冨山和彦、新田哲史、原英史、町田徹、八代尚宏、屋山太郎(敬称略、五十音順)
以下、その理由について詳述します。
そもそもこの運動は、森議員が10月15日の参議院予算委員会で行った質問が、参議院での懲罰に該当するものであるということが前提ですが、これは本当でしょうか?
いうまでもなく国会は自由な言論の場です。懲罰事犯(懲罰に該当する事案をこういいます)は、議長が職権で懲罰委員会に付託するか、議員から懲罰動議が出されて本会議で可決された後に懲罰委員会に付託されるかに分かれますが、懲罰委員会に付託される事案は決して多くありません。
明確な基準があるとは聞いていませんが、過去に懲罰動議が懲罰委員会に付託されたのは、基本的に議院における暴力であるとか、垂れ幕を掲げるとか(2018年にカジノ法案の採決に際して垂れ幕を掲げた参議院の森ゆうこ議員、山本太郎議員、糸数慶子議員が議長の職権で参院懲罰委員会に付託され、審議未了で廃案となっています=朝日新聞デジタル2018年7月20日=)、規則に違反する無届の海外旅行とか、「外形的規則違反」としてはっきりしたものに限定されています。
この事件は、民主党の永田寿康衆院議員が、「ライブドア元社長の堀江貴文氏が、2005年8月26日付の社内電子メールで、自らの衆院選出馬に関して、武部勤自民党幹事長の次男に対し、選挙コンサルタント費用として3000万円の振込みを指示した」と指摘し、自民党の責任を追及したものですが、そもそも堀江氏は自民党公認でも推薦でもなく、自民党側は直ちに事実関係を否定しました。
これに対し、永田氏は証拠となるメールを公開したのですが、そのメールに明らかな矛盾点が複数あることが指摘され、偽物であることがほぼ確実となりました。これを受けて永田氏は記者会見を開き、証拠として信頼性が不十分なメールを提示して疑惑を追及したことを謝罪したのですが、疑惑自体は否定せず、かつメール取得元も秘匿したために事態はその後も紛糾し、最終的に懲罰動議が提出されて民主党を含む全会一致で可決され、懲罰委員会に付託されたという経過をたどりました(本人の辞任により懲罰動議自体は廃案になっています)。
この事案は、追及の中身が明白に(追及者自身もほんの少し注意すれば分かる程度に)事実に反していたうえ、その後の経過もあまりに無茶苦茶で、懲罰もやむなしとしか言いようがないのですが、逆に言うとここまで無茶苦茶でない限り、「質疑内容」によって懲罰はないというのが、事実上の基準であるように思われます。
では、森議員の質問は、この永田メール事件に相当するようなものでしょうか?
私は端的に「まったくその様なものではない。」と断言できます。何故なら、森議員は、大きく事実に反することは言っていないからです。
森議員の質問をいま一度確認してみましょう(詳しくはこちら。1:32付近から)。その発言は「ワーキングが決めていない。でもね、分科会のメンバー見ると、委員会有識者、原英史、原さんが決めているんですよ、おかしいじゃないですか、分科会が、決めてるから問題ないって、利益相反じゃないですか、普通だったらこれが国家公務員だったら、あっせん利得、収賄で、刑罰を受けるんですよ」というものです。
これに対し、分科会において「原さんが決めている」という発言は事実に反するという主張が、国家戦略特区座長の八田達夫氏によってなされています(詳しくはこちら)。
分科会における意思決定のプロセスについては資料が公開されていませんので、本当のところは分かりませんが、八田氏の言うように他の委員も多数おり、原氏が決められることではないということはもちろんありうると思います。その一方で、WG座長代理の原氏が出席している以上、大きな影響力を行使して事実上決定していたという可能性もまたありえます。
森議員が言う「原さんが決めている」は、原さんが「決めることに関与している」から「自分で決定している」までを含む幅のある表現であり、明白に事実に反するといえるようなものではありません。また、そもそもそれ以前に原氏自身がこの部分をさほど問題視していません。
原氏は問題となっているコンサルティング会社から資金を受けていないことを強調していますが、原氏が国家公務員であり、事業者から請託を受けて(原氏はコンサルティングに一定の協力をしていることは認めており、「請託を受けている」と考える方が普通でしょう)、自らと関係のあるコンサルティング会社に報酬を得させていたなら、第三者供賄罪(刑法197条の2)が成立しうるからです。
ただし、誤解して欲しくないのですが、これは、原氏自身が懲罰要求署名運動で述べているように(詳しくはこちら)、「原氏が不正行為をした」ということをまったく意味しません。単に民間人・民間企業が普通にやっていることを、公務員がやったら収賄になるということを意味しているだけなのです。
たとえば、弁護士は顧客からお金を貰って、その顧客の権利を実現します。しかし、仮にこの弁護士が、「国民の人権を実現する公務」を担った公務員なら、特定の人からお金を貰って特定の人の人権だけを実現している時点で、収賄罪が成立しえます。
もし、この弁護士が誰かから「あなたが公務員だったら収賄罪に該当するよ」と言われたら、「ええそうですね。お金を払ってくれたクライアントの利益を最大化するのが私の仕事ですから、公務員なら収賄罪かもしれないですね。でも、ご承知の通り私は公務員ではなく弁護士なので、収賄罪は成立しません。私は弁護士として当然のことをしています」と答えればよいだけのことなのです。
本件のコンサルティング会社もこれと似た図式だと言えます。弁護士は補助金の獲得をはじめとして、公的セクターとの折衝を顧客から依頼されることがあります。その際、その顧客にたとえば税務の相談や何らかのコンサルティングが必要になったら、通常、普段から付き合いのある税理士やコンサルティング会社を顧客に紹介します。民間ビジネス的には持ちつ持たれつは当然であり、むしろそういった同業者同士の相互紹介網を構築することが、顧客サービス向上に繋がるからです。
しかし、もし仮にこの弁護士が「補助金申請を審査する公務員」であったとしたら、どうでしょうか。請託を受けて、自らと関係するコンサルティング会社を紹介し、その会社に報酬を受けさせた時点で、第三者供賄罪が成立しうるのです。
つまり本件の本質は、原氏自身が報酬を受け取っていたかいないかでも、それが収賄に当たるか否かでもない。本来、公務員として公益のために厳格な公平性・公正性をもってあたるべき、国家戦略特区および事業者の選定(原氏の業者の選定への関与の度合いは前述の通り明らかではありませんが、少なくともその決定の場にはいます)という極めて公的性質の高い職務を、「民間人座長(代理)のWG」が行い、その民間人座長(代理)が民間的な感覚で自らの審査対象に自らの仕事仲間を紹介し・協力することの是非。別言すれば、安倍晋三政権においてしばしば見られる、「公務の民間委託と、そこから派生する『お仲間行政』によって行政の公益性・公平性・公正性、もしくはそれらへの信頼が損なわれること」の是非なのです。
もちろんその質問をするに際し、森議員が用いたロジックと声色に、原氏の癇に障ったであろう、森議員一流のある種の演出効果があったことは否定しません。また、前述の通り、分科会における原氏の意思決定への関与の度合いは不明確ですし、「あっせん利得罪」については第三者供賄の規定がないために、仮に原氏が国家公務員でも成立しないことについては、おそらく森議員の側に誤解があったのではないかとも推測されます。
しかし、森議員は何か明白に事実に反する事を言っているわけではありません。「仮に原氏が国家公務員なら」、第三者供賄罪に該当すると言っているだけであり、それ自体は間違っていません。原氏が現実に犯罪を犯したと言っているわけでも、金銭を収受したと言っているわけでもないのです。
今回の質問では時間切れで回答できなかったようですが、原氏、もしくは北村誠吾内閣府特命担当大臣は、森議員の質問に対して、「議員ご指摘の通り、仮に私(原氏)が国家公務員なら収賄罪が成立しうるかもしれませんが、言うまでもなく私(原氏)は民間人であり成立しません。私(原氏)は、民間人として最適と思われることをしただけで、民間人として何の問題もありません。ただし、公務の公益性・公平性・公正性に対する信頼という面では問題があった可能性もあり、議員の指摘をうけ、民間委員と選定対象の亊業者との関わり方について今後整理したいと考えます。」とでも反論すればよかっただけの話であり、「不正行為をしたと言われて重大な人権侵害がなされた!」とするのは、恐縮ながら、私には過剰反応にしか見えません。
以上のように、森議員の質疑に明白に事実に反するところはありません。事実関係の認識については当事者である原氏と食い違っているところはありますが、食い違いがあるからこそ疑問を感じ、質問して確認するのであり、当事者と事実関係の認識が食い違っている質疑がダメだとなったら、国会で疑惑を追及することはおよそ不可能になってしまいます。この「質疑内容」での「懲罰」は、従前の参議院・国会のあり方を前提とすれば、完全な無理筋だと言わざるをえず、だからこそ、与党自民党の参議院議長も、与党自民党を含めた参議院も、国会も、この懲罰要求署名運動にはまったく反応していないのです。
原氏をはじめとして錚々(そうそう)たる発起人の方々が、森議員の質疑における主張が正しくないと思うのであれば、正々堂々、自らが信ずるところを心ゆくまで主張し、言論によって対抗するのが筋であり、これらの方々は、それをするに十二分の学識と見識、影響力と発表の場をもっています。にもかかわらず、これだけ錚々たる方々が、そろいもそろって、従前の基準から考えてまず実現しない懲罰要求署名運動を煽動していることは、明らかに筋違いであり、極めて「格好悪い」ことだと私は評価せざるを得ません。
さらに、私がこの懲罰要求署名運動がより一層「格好悪い」と思うのは、発起人15人のうち、怒りに燃える原英史氏以外の14人は(もしかして原氏も)、その学識・見識からしても、衆議院・参議院の事情を知り得る人的関係を有していることからしても、ほぼ確実に、今般の森議員の質疑が懲罰に該当するようなものではないことを知っているはずだということです。
それにもかかわらず、この錚々たる方々が、多くの人に懲罰要求の署名を求めているその真の目的はなにか。そこは推測するしかないですが、仮にそれが森議員に嫌な思いをさせるためだとすれば、そうした行為を指す適切な日本語はただ一つ、「嫌がらせ」以外にはありません。
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