細かい割には解釈が適当な公選法の落とし穴
2019年11月06日
辞任した河井克行前法務大臣の妻、河井あんり参議院議員のウグイス嬢に対する二重報酬の問題。報道された内容が正しければ、公職選挙法で定められた報酬日額1万5千円以内を超え支給できないとされている超過勤務手当を払っていたことになる。となれば、運動員買収にあたり、公職選挙法違反となる。
「大変驚いている」。これは報道を受けての河井あんり参議院議員のコメントだ。河井夫妻にしてみれば本当に驚いたのだろうと思う。
なぜならば、彼らはたぶんこの今回の参議院選挙だけでなく、過去の衆議院選挙、県会議員選挙も同様の対応をしてなんのお咎めもなかったという経験を持っているのだろうから。そして、これは自分たちだけではなく、他の陣営でも当たり前のようにやっていることではないか、とも。
確かに、実はウグイス嬢への二重報酬の支払いの違法行為は選挙における「商慣行」として一部で定着しており、政治の業界ではある種「暗黙の了解」ともなっている。
筆者自身は選挙活動を行う時には基本的にウグイス嬢を雇わないので、こうした二重報酬問題が起こりようなく、公職選挙法に抵触する恐れがある業界全体の問題として以前から指摘をしてきた。しかしこの問題で声を上げる政治家が他の事案に比べて少ないのは、少なからずの政治家が「脛に傷を持つ身」で、自分以外に事実を知っている第三者がいるということに対する怯えがあるということなのだろうか。
また、詳しくは後述するが、二重報酬に関しては候補者だけでなく、報酬を受ける側のウグイス嬢や派遣会社も同じ認識を持っているからこそ成立する「商慣行」である。
当事者たちに法を犯している認識が欠如しているのは、同様ケースで稀に逮捕される人が出ても基本的には「落選者」と相場が決まっているからだ。権力に近い側にいるものが捕まるわけはないという思い込みも含めて、もしも捕まるようなことがあったら「運が悪かった」で済ませてしまう。「駐車禁止」と同じような感覚でとらえられていた向きがある。まさか、この程度で自分たちが窮地に立たされることなどあるはずがない。だからこそ「驚いている」のである。
なぜ今回? なぜ自分たちだけ? ――河井夫妻のそんな問いかけが聞こえてきそうである。
秘書との信頼関係が築けていなかったり、パワハラ等への反逆という側面もあるだろう。党内抗争だと指摘する人もいる。加えて重要なのはこの事例は「公職選挙法」が大きな政治闘争の中である種局地的・属人的に使われる余地を多分に孕んだ法律だという重要な論点も示してもいるのである。そこにこそ、なぜ?への答えがある。
公職選挙法では車上運動員、いわゆるウグイス嬢や事務員、手話通訳者や要約筆記者に対する報酬と人数の上限を決めている。これには資金力のある候補が一方的に有利にならないよう抑止の意味もある。
ただ、不思議なことにウグイス嬢や選挙事務員の報酬の上限はあっても勤務時間の制限等はない。選挙活動でマイクが使えるのは午前8時〜午後8時の12時間。つまり12時間ずっと話しっぱなしでも、二交代制で1日6時間勤務でも、極端な話1時間だけマイクで訴えても、一人当たりの報酬上限1万5千円は変わらない。もちろんずっと話しっぱなしというのは無理。休憩なしではパフォーマンスが落ちるので、資金力のある陣営の場合、2〜3人を二交代制でという形をとり、一人が話している間は白い手袋をはめた手でいわゆる「お手振り」を行いながら休憩を取るというのが一般的なウグイス嬢の勤務内容だ。
ちなみに最近では選挙カーに使用する車の形状が変わり、窓が全開できない車両も多くなり、特注するには費用がかさむのでその業務もなくなってきているのではあるが。
ウグイス嬢は後援者や知り合いのつてで依頼する場合もあるが、通常アナウンススクールや結婚式の司会業等を主な業務とするイベント会社等と契約し派遣してもらうことが多い。また過去の選挙で候補者と相性が良かったり、上手との評価を得たウグイスに個別に声をかけることもある。総選挙ともなると技術力の高いウグイスは引っ張りだことなり、ウグイス嬢の争奪戦が起こる。衆議院の場合、解散の雰囲気が出てきたところで最初にすることは何をおいてもウグイス嬢の確保というのが大抵の事務所の行動パターンである。
イベント会社に個別のウグイス指名で委託することも多い。それは候補者陣営にとっても労務管理が楽だったり、経理上も楽だからである。またウグイス嬢もセクハラ、パワハラ等があった場合等のリスクヘッジは会社が中に入っていた方が良いという側面もある。
経理上でのメリットとしては、候補者の側からすると、今回のようにウグイス嬢個人から選挙本番と選挙前の日付で複数の領収書をもらわなくても、選挙前の部分に関しては時期をずらしてたとえば「企画料」等の名目で業者に一括で払えば良いということになる。今回のような二重支払いも発覚しにくくなり、突っ込まれても「もっともらしい言い逃れ」もできやすくなる。
さらにこの問題をややこしくしているのは、仕事を受けるほうのウグイス嬢を派遣する会社やベテランウグイスの中も、法定費用内ではやらないのが「プロ」のプライドとなっている場合があるということだ。結果、報酬が釣り上がり、その値段以下であれば受けないと言われてしまったら候補者たちは裏取引だとわかりながらも「言い値で契約するしかない」(ベテラン議員)という。報酬の額とパフォーマンスが比例し、当選に貢献していると実感もしているからこそ、候補者たちは法外での支払いを是認するのである。
現行の報酬額が低いと思うのであれば、国会議員は公職選挙法を変えてウグイス嬢の日当の上限を3万円でも5万円にでもすれば良いのだが、それをしないで「裏で取引するのが政治」という誤った高揚感も商慣行の一部になっているのが現状だ。ただ、ウグイス嬢の全員が「プロ」かといえばそうとも言えず、学生のバイトから元アナウンサー、声優まである意味そのパフォーマンスは「ピンキリ」。前述通り時間の規制もしないのであれば、上限の基準を決めることは難しいかもしれない。
これはウグイス嬢の報酬だけでなく、公費助成をめぐる印刷費や
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