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ヒンドゥー教徒の祭典「ディパバリ」の季節に想う

年に一度の祭りにわくマレーシアで考えた多民族が共に暮らすということ

海野麻実 記者、映像ディレクター

この時期のリトルインディアは、マリーゴールドなどのフレッシュな花を編む屋台が軒を連ねる=2019年、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)

 世界中のヒンドゥー教徒たちがオイルランプを無数に灯して盛大に祝う祭典、「ディパバリ」の季節が今年も訪れた。失われた魂が現世に戻ってくる時期とも言われており、ジャスミンやマリーゴールドのフレッシュな花を編み上げ、バナナの葉の上にのせた食べ物を故人にお供えするのが古くからの風習だ。

 インド系移民が多く暮らすマレーシアでは、国民の祝日として定められ(ヒンドゥー暦に基づいて設定されるため毎年変動するが、今年は10月27日)、数週間前から街中はにわかにインド仕様となる。

一粒一粒鮮やかに色付けられた米粒を湿らせた床に撒いて描く砂絵のようなオブジェ“コラム” この時期の風物詩だ=2019年、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)
 この季節になると、首都クアラルンプールのいたるところに点在する大型ショッピングモールには、鮮やかに色付けられた米粒で描く巨大な砂絵のようなオブジェ「コラム」が、鮮やかさを競うように登場する。

 水を撒いて湿らせた床に米粒を少しずつ落としてゆくという緻密な作業で、孔雀や象などを色彩豊かに描く「コラム」。これを見るのを楽しみにショッピングモール巡りをする人たちも少なくないと言われるほど、この季節の風物詩となっている。

少数派だが存在感が際立つインド系

 マレーシアは、国教こそイスラム教でマレー系が約7割を占めるが、約2割強の中華系、それに約1割のインド系が共存する多宗教・多民族国家だ。そのため、西暦で祝う1月1日の正月に加え、旧暦の華人系が祝う春節(旧正月)、イスラム暦に基づいたマレー系のハリラヤ・プアサ(断食明け大祭)、そして、ヒンドゥー暦のディパバリ(※地域によって新年は異なる)と、年間を通して多様な祭典が繰り広げられる。

 インド系は人数こそ少数派だが、いたるところに点在するヒンズー教の寺院や、ナンやチャパティが焼け焦げる香りが漂うリトルインディアで、存在感は決して小さくない。

香ばしいナンやスパイシーなカレーの施しが行われるディパバリの当日=2019年、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)
鮮やかな色の衣装をまとったヒンドゥー教徒たちが続々と集まる=2019年、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)

 リトルインディアに足を運ぶと、むんむんとした人々の熱気と、エキゾチックなお香の匂いで、なんとも独特な雰囲気が漂っている。

<マレー系のイスラム教徒の女性たちもディパバリを満喫 エキゾチックなヘナアートに興味津々だ=2019年、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)
 路上で数メートル置きに見かけるのは、ヘナアートを施す女性たちだ。小さな簡易テーブルを出して、精巧な模様のサンプル写真を吊り下げ、入れ替わり立ち替わり訪れる客の手の甲や腕などに伝統的な美しい模様のヘナアートを描いてゆく。

 道端でお互いのヘナアートを見比べながらはしゃいでいたのは、イスラム教徒のマレーシア人女性4人組だ。

 「インド系の友達がやっていたのを見て、とっても綺麗だと思って! 一度やってみたかったの」

 ヒンドゥー教徒でなくとも、インド流のしきたりを楽しみ、ディパバリの雰囲気を満喫する。多民族国家ならではの微笑ましい光景である。

消えゆく風景に一抹の寂しさ

 リトルインディアから少し離れると、古くからインド系の人々が住み着いてきたマスジッド・インディアというエリアがある。ほとんど観光地化もされておらず、毎年ディパバリの時期になると行商をするたくさんの人々が露天を出し、観光客よりも地元のインド系の人たちが集まって、独特の賑(にぎ)わいを見せてきた風情ある場所だ。

 しかし近年、多くの露天が出るため、清潔さが損なわれるなどの問題が顕在化。政府は今年からこの地でのディパバリを禁止すると宣言した。

ディパバリの祝い露天が禁止されることとなった、古くから続くインド人街マスジッドインディア =2018年10月、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影) 
古くから続くインド人街マスジッドインディアで、タミル系の女性店主が最後となった屋台をみつめる=2018年10月、マレーシア・クアラルンプール(筆者撮影)

 実は、こうした地で露天を出す人々には、生活の糧を小さなテントやテーブルを広げて売りさばく雑貨や手作りの菓子類などの売り上げだけに頼る貧困層が少なくない。

 「最後の祭り」となった去年、「ホームメードケーキ! スイートホームメードケーキ!」と真剣な表情で連呼しながら、自分たちでラッピングしたココナッツやドライフルーツ入りのパウンドケーキを売っていた母娘は、クアラルンプール郊外から1時間ほどかけてやってきたと、私に話してくれた。

 「毎年、ディパバリの時期の売り上げが、生活の糧になっていたの。ここで売れなくなったら、他の所を探すしかないけれど、大変だわ」

 そう言って小さくため息をついた母娘は今年、一年の稼ぎ時であるディパバリをどのように過ごしているのだろう。

 数年前から、国立競技場に巨大な“ディパバリカーニバル会場”が特設されるようになった。小綺麗に設(しつら)えられた屋台が整然と並ぶイベントは人気を呼んでいる。マレーシア国内のみならず、インドから持ち運ばれたサリーなどの民族衣装や雑貨などが特価で手に入れられることもあって若者を中心にSNSなどで話題を呼び、観光客はもとより地元の人たちの足もそちらへ向かっている。

 これもまた時代の流れかもしれない。ただ、古くから受け継がれてきた雑多な風景が消えゆくことには、一抹の寂しさもよぎる。

多民族融和の思いを込めたCM

 マレーシアの大手企業はこの時期、ディパバリに絡めたCMをこぞって制作する。インド系一家の様子をコメディタッチに楽しく描いたものもあれば、宗教や民族の融和のメッセージが込められた感動作もある。たとえば、レーシアの国営石油最大手ペトロナスが去年制作したCMは、しんみりと感動するストーリーが印象的だった。

 それは母親を病気で亡くしたインド系の父と息子の物語だ。

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