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首里城焼失 沖縄の戦と政治の中心舞台の光と影

首里城は沖縄にとってどのような存在だったのか(上)

山本章子 琉球大学講師

拡大炎を上げて激しく燃える首里城の正殿=2019年10月31日午前4時24分、那覇市

 10月31日午前2時40分頃、首里城の正殿から煙が見えるという119番通報があった。木造の正殿はまたたく間に燃え上がり、北殿、南殿・番所が全焼。火は書院・鎖之間、黄金御殿、二階御殿にも広がった。

 11時間にわたって燃え続けた首里城。そして鎮火後の無残な焼け跡。首里の市民はぼうぜんと立ち尽くすしかなかった。

 「生まれたときからずっとあったのに。親戚が死んだような気持ち」と、大学で会った学生は言った。「高校の卒業アルバムを撮った特別な場所。もう写真でしか思い出を探せない」と言う学生もいた。

 失われたものは大きい。

再建をめぐって動き始めた政治

 沖縄県那覇市の北東部にある首里(かつては首里市だった)の街並みは、首里城を中心につくられているといっても過言ではない。

 家屋やビルは首里城と同様、屋根に赤瓦が敷かれている。景観を損ねないよう、高さもおさえられている。その中心が焼失した。

 首里城は最初の創建以来、沖縄の戦と政治の中心舞台であり続けてきた。今回焼失した首里城についても、すでに再建をめぐって政治が動き始めている。

 2022年度から始まる新たな沖縄振興計画(沖縄振興特別措置法にもとづいて県が策定)や、2022年9月に予定されている沖縄知事選にも、首里城の再建問題は必ず関わってくるだろう。今後の再建のあり方を考えるために、本稿では、首里城がどのような存在だったのか、歴史を振り返ってみたい。

拡大火災で正殿、北殿、南殿が全焼した首里城=2019年10月31日午後2時35分、那覇市、朝日新聞社機から

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筆者

山本章子

山本章子(やまもと・あきこ) 琉球大学講師

1979年北海道生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。著書に『米国と日米安保条約改定ー沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年)、『米国アウトサイダー大統領ー世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)、『日米地位協定ー在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書、2019年)など。

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