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冷戦終結で共産主義が崩壊し古い資本主義が蘇った

冷戦終結30年、エマニュエル・トッド氏に聞く

大野博人 朝日新聞編集委員

超大国はひとつよりふたつのほうがまし

――その背景にあるのはなんでしょうか。

 米国は、共産主義かリベラルデモクラシーかという価値観の対決の構図を、あたかもロシアと米国という大国の覇権の対立の構図と考えた。それは価値観とはなんの関係もない。問題は共産主義ではなくロシアだと考えていたのです。

 だから米国は、自分の目的をすり替えていきました。共産主義との闘い、民主主義のための闘いから、完全に覇権を目指すことへと。そして、共産主義の崩壊に続いて、湾岸戦争、イラク戦争へと向かっていきました。

――しかし、ロシアは今もやはり他国に脅威を感じさせる大国では?

 今になってみると、それがまったく馬鹿げているわけでもない。この困難な時代にあって、ロシアは米国のあらゆる力に立ちはだかる唯一の核大国として存在しています。これは奇妙なことなのです。

 でも結局、共産主義のロシアはよくなかったけれど、米国のユブリス(傲慢)、力の意思に対抗する重しとしてのロシアが存在することはとてもよいことではないでしょうか。

 だって、その国の社会的文化的システムの質がどんなものであれ、ひとつの国家、ひとつの国、ひとつの帝国が世界全体にだれもブレーキをかけない状態で絶対的な力を及ぼすのはよいことではありえないのですから。

 米国が唯一の超大国と言われてきたけれども、超大国はたったひとつであるよりもふたつである方がましです。

 米国はユブリスの雰囲気の中で、世界の主だという気分で戦略的に信じられない過ちを犯しました。ドイツの再統一を急がせたことです。

東西ドイツ統一で米国は欧州をコントロールする力を失った

――東西ドイツの再統一は急ぐべきではなかったと?

 当時、サッチャー英首相もミッテラン仏大統領も望んでいませんでした。

 しかし、米国はずっと西ドイツを自分たちのおもちゃのように思ってきた。再統一すればおもちゃが大きくなる……。米国にとってロシアを終わらせることが大事な目的だからです。

 けれどもそれがもたらしたのは欧州での均衡の変化です。ドイツは非常に大きな国です。欧州の問題は1900年以来つねに、ドイツが大きすぎるということでした。第1次大戦も第2次大戦もそれで起きた。英国もロシアも米国もそれを抑えるために連携した。あの国は大きな人口を抱えるだけでなく、いろんな領域で極めて効率の高い国なのです。

 だから米国はある意味で古い状況を再び作り出し、欧州の問題が再びドイツ問題となったのです。そこにフランスのパニックが加わり、ユーロの導入につながる。それはドイツを支えるためのものだったのです。

 結果はどうか。

 ドイツは困難な何年かを経て、東を抱え込み、そして8千万人の大国になり、工業国として英仏よりさらにいっそう強い国になった。ドイツはある意味でとても合理的な政策を進め、欧州を再編成し始めました。ドイツは日本と同様の人口動態問題を抱えていますが、その問題を制御する力を再び手にしたのです。

拡大マクロン仏大統領夫妻の出迎えを受けるメルケル独首相(左)=2019年8月24日、フランス・ビアリッツ

 歴史を振り返ると、中欧はドイツの支配圏でした。そこが再びそうなったのです。

 米国や英国はバルト諸国やポーランド、ハンガリーなどをNATOに受け入れて、アングロサクソンの支配圏を広げたつもりでいたけれど、実際にはドイツの支配権が再確立されていった。ドイツの産業界はチェコやハンガリー、ポーランドの経済を再編成し、フランスよりはるかに強くなった。そして豊かになったドイツが2008年の経済危機もコントロールすることになった。

 そしてドイツは米国に対しても徐々に従うことをやめていっています。まず、イラク戦争で米国に追随するのを拒んだ。フランスが主導したというけれど、実際はドイツが率先し、フランスはそれに従ったまで。当時は私も間違えていましたが、フランスはシュレーダー首相(当時)のドイツが率先しなければ米国に対抗する勇気はなかったでしょう。

 貿易でもそうです。米国はドイツが従おうとしないことに気づき、貿易黒字を減らすべきだと主張した。ドイツはしかしこれも拒否。結局、米国は冷戦終結から30年の間に欧州をコントロールする力を失ったのです。

 結局、平等な諸国の共同体であるはずの欧州連合(EU)は、ドイツに支配される巨大で階層的に構築されたシステムになったのです。私は、主人公の男が突然虫になってしまうカフカの『変身』は欧州の運命を表していると思うけれど、それを連想します。

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筆者

大野博人

大野博人(おおの・ひろひと) 朝日新聞編集委員

1981年朝日新聞入社。ジャカルタ、パリ、ロンドンの特派員などを経て、2012年に論説主幹。現在は編集委員。

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