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ポーランド国民がなめる「アメ」の味

順調な経済と自由の制限、ポピュリズム政権が台頭

花田吉隆 元防衛大学校教授

拡大ポーランド国旗とワルシャワ中心部( Velishchuk Yevhen/Shutterstock.com)
 ポーランドは、ハンガリーと並び東欧におけるポピュリズムの双璧だ。2010年に政権に就いたハンガリーのヴィクトル・オルバン首相率いるフィデスが先行し、2015年から政権の座にあるポーランドのヤロスワフ・カチンスキー氏率いる「法と正義」(PiS)がそれを追う。掲げるのは「イリベラル・デモクラシー」。デモクラシーではあってもリベラルでないイリベラル、すなわち、自由でなく非自由だ。別の言葉でいえば、大衆の支持の上に政権はあるが、政権は国民の自由を制限する。

 ポピュリストは常に大衆の支持の上にある。つまり、国民の支持から離れ国家権力を壟断するわけではない。だからこそ、支持を求め大衆を扇動する。しかし、その結果出来上がった政権は、国民の自由を完全に保証しはしない。自由が制限される先にあるのは、政権が立法や行政を支配するだけでなく司法や言論も支配する。つまり行きつく先は権力の独裁だ。そういうポピュリズム政治がハンガリーやポーランドで進行する。

 しかし、東欧は共産主義の弾圧から1989年、ベルリンの壁の崩壊とともにやっと解放された。長年の圧政に苦しんだ後、ようやくの思いで手に入れた自由だ。しかもポーランドは民主化の最初の狼煙(のろし)を上げたところ、ハンガリーは壁崩壊の時、多くの人がその国境を通り西側に押し寄せたところだ。そういうところで、どうして人々は再び自由を制限されていいというのか。そのあたりにポピュリズムというものの本質がある。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

1953年生まれ。在スイス大使館公使、在フランクフルト総領事、在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、現在、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」(創成社)「スイスが問う明日の日本」(刀水書房)等。

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