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日本から見えにくい中国経済のもう一つの本質・上

社会主義国の中国を資本主義の物差しで考え続けていいのか

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

中国建国70年の軍事パレードを見守る習近平国家主席(中央)、江沢民氏(向かって右)、胡錦濤氏(同左)ら=2019年10月1日、北京、

 10月1日、中国は建国70周年記念式典に沸いた。そこで習近平国家主席は、わずか8分間の演説をした。

 トランプ大統領のツイッターを嚆矢(こうし)として、今や世界のリーダーも追随している「要点説明型」の意思発信を、習主席はこの一大式典で行ったわけだが、その内容は、70年間の中国経済の奇跡的な経済成長とそれに基づく国家の発展を実現した人民の努力を称え、今後も富強、人民の幸福等を同時に拡大していこうというものだった。「第二の百年目標」(建国百年の2049年まで。「第一」は建党百年の2021年まで)を強く意識しているが、基盤となるのは、あくまで中国経済のこれまでの発展である。

 「論座」で筆者は3月7日に「日本からは見えない中国経済の本質 減速し始めたという悲観的な見方だけでいいのか」、6月13日には「新たな『長征』を覚悟する習近平政権の国内事情 国民の中にある『王朝遺伝子』の発現と民間活力に翻弄され始めた共産主義国家の将来」を書き、中国経済のコア部分と中国の目指す方向性について言及したが、今回は米中貿易摩擦の最初の部分合意ができたこともあり、中国経済を取り巻く課題とその考え方について述べたい。

「国家資本主義」で説明できない中国経済

中国建国70周年の祝賀式典の冒頭、あいさつする習近平国家主席の姿が映し出された=2019年10月1日、北京
 「少年よ、大志を抱け!」。ほとんどの読者はこのクラーク博士の有名な言葉をご存じだろう。だが、その意味については、曖昧(あいまい)なところもある。たとえば、キリスト教関係者は、クラーク博士が言いたかったのは、「少年よ、神の加護の下に、大志を抱け」だったとする。

 昭和39(1964)年3月に東大の卒業式で大河内一男総長が語ったとされるあの有名な言葉、「太った豚よりも痩せたソクラテスになれ」も、人によって解釈は様々。おまけに、実は卒業式で総長はそんな発言をしなかったという。

 そうした半ば伝説化した「言葉」が中国にもある。

 昭和48(1973)年に「周恩来首相が、『将来の指導者が覇権を狙うようなら周恩来が反対していたと伝えて欲しい』と語った」という、米国の記録に残る言葉がそうだ。だが、中国側の記録によると、そこには「世界人民のためにならないならば」という一句が加わっているとのことだ。

 このように、情報を正しく伝え、解釈するのは難しい。特に中国の場合は、発信者の考え方や視点(見ている将来)、時代背景によって、言葉に込められるものが異なることが多く、本音がどこにあるのか解釈するのには、慎重さが必要だ。

 中国は、トップダウンの意思決定が徹底している国だ。それゆえ、いまは習近平主席が採用した経済政策が末端まで浸透し、具体化する。だからこそ、その発言の意味するところを正しく把握することが、ますます重要になる。

 では、習主席が言及する中国経済はどういうものなのか。欧米の学者がつくった「国家資本主義」という言葉でしばしば説明されるが、筆者がみるところ、それでは実態を捉え切れていない。なにより、中国が「社会主義経済」を歩んでいるという現実を見落としがちな点が問題だ。

 以下、社会主義経済について詳しく見ていきたい。

中国型の社会主義経済とは

 中国はあくまで共産主義国であり、世界中の中国専門家が言及するように、「国有企業」が主要産業を占めている。国有企業は非効率で、リストラ(企業によっては淘汰)が必要だと、これまでも繰り返し指摘されてきた。だが、その一方で、国の指導によって傾斜生産方式が可能なので、それが浸透すれば世界にとって脅威だという見方もある。

 そうしたなかで、このところ存在感を強めているアリババやテンセント、ファーウェイなどの新興民間企業は、IT、先端技術分野に集中しており、彼らのグローバル競争力は、国内市場の規模が大きいこともあって、非常に高いと評価されている。ただ、こうした企業群は中国沿岸地域に存在するため、企業がある都市とその周辺、沿岸部と内陸部との間で経済格差が存在する。中国当局もこうした事実を認識し、それを克服するための政策を講じつつ、彼らなりの将来プランを描いている。新幹線も高速道路も、高層マンションの建設もその一貫だ。

全人代で政府活動報告をする李克強首相=2019年3月5日、中国・北京
 こうした概要が示されたものとして、最近では李克強首相が3月5日の全人代で行った政府活動報告と、6月28日の「ボアオフォーラム」での開会演説が挙げられる。

 李首相の説明は「中国型の社会主義」に基づく。これは、旧ソ連が共産主義の運営に失敗したことを受けて修正した「共産主義の変形としての社会主義」であり、資本主義から派生してフランス等に根付いた「資本主義をベースとする社会主義」とも、2016年の米大統領選挙の民主党予備選でサンダース上院議員が主張した「米国の民主社会主義」とも異なる。

 言い換えれば、こうした中国型の社会主義のもと、指導者の強いリーダーシップで、国民全体を公平に幸せにするための社会経済システムが、中国型の社会主義経済なのである。

資本主義に移行すると民主主義になるはずが……

 中国を「国家資本主義」と考える人たちの議論に従うと、非効率な国有企業はある程度は効率化できても、やがては民間企業に負けるので、いずれ普通の資本主義に至るという結論になる。また、傾斜生産方式で国有企業が強くなっても、中国経済のプレゼンスが高くなるだけで、やはり資本主義に向かうと考える。その結果、社会主義は民主主義へと移行すると考える人が多い。。

 資本主義のもとで生活するわれわれがそう考えがちな理由は、経済が資本主義に完全移行する段階、または共産主義が機能しなくなった段階では、国民から自由を求める声が強まり、旧東欧のように政治思想も民主主義に移行するという前提を、無意識のうちにおいているからだ。

 しかし、それが中国については当てはまらなかったことは、ライス元米国務長官が2017年に発行した著書『Democracy』で回顧した通りだ。また、10月25日にペンス米副大統領がおこなった演説もそれを示している。

資本主義・共産主義と中国型社会主義の違い

 なぜ、そうなるのか?中国以外の国々の資本主義や共産主義と中国型社会主義の違いは、具体的にはどこにあるのか?

 たとえば、民間企業の存在を認める点で共産主義と異なる。また、利益の多くを社会福祉のために使うとの発想を持つ点で、資本主義と異なる。国家がルノー等の大手企業の大株主になるフランスの社会主義に似ているが、資本主義の経済構造が残る点で異なる。

 もっと言えば、

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