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レバノンの「市民デモ」から発信されるアラブ変革

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 レバノンとイラクで市民による反政府デモが続いている。いずれも10月から始まり、イラクではすでに260人以上のデモ隊が治安部隊や軍の武力行使によって命を落としている。レバノンでの衝突は限られているが、ハリリ首相が辞表を提出するなど政治に影響を与えている。市民のデモはアルジェリアでも毎週金曜日に続き、11月1日は独立記念日と重なって、アルジェでも数万人規模になっている。

 レバノン、イラク、アルジェリア3国のデモは、特定の政党や政治組織が主導するのではなく、市民が自発的に動いて、政府の腐敗や経済の失敗を非難し、既存の政治に「ノー」を突き付けている。3国はいずれも2011年のアラブ世界に広がった民主化運動「アラブの春」に際して大規模なデモが起こらなかった国という共通点もある。

 日本のメディアの関心は低いようだが、デモの実際を見ていくと、アラブ世界の政治の矛盾が露呈しており、「アラブの春」に匹敵する中東の変動に発展する可能性をはらんでいる。

キリスト教徒とイスラム教徒の女性が並んで

 レバノンのデモは10月17日夜始まった。私はベイルートに滞在していた。18日朝、ベイルート市内の道路で、ゴミを集めるコンテナやドラム缶が通りを封鎖しているのを見て、夜間にデモがあったことを知った。一時的なものだろうと思っていたのだが、デモはこの日さらに広がっていった。ベイルート空港に向かう自動車専用道路が若者たちに封鎖された。午後にはベイルート中心部に向かう道路もいたるところで一時封鎖され、路線バスは市内で運行中止になった。

 ベイルートの新聞各紙は19日付で市中心部を埋める市民デモの写真を1面に掲載した。それを見て、私もベイルート中心部のデモを取材に行った。デモ隊が通りを埋めた政府庁舎の前に治安部隊が並び、その前で市民が拳を突きあげて、「腐敗した者たちは去れ、盗人たちは去れ!」と声を上げていた。「アラブの春」の時にエジプトのタハリール広場に響いた「民衆は体制崩壊を望む」という標語も叫ばれ、さらに「サウラ(革命)」の連呼もあった。

デモが始まったことを伝える10月19日付のレバノンの新聞拡大デモが始まったことを伝える10月19日付のレバノン各紙

 デモ隊はレバノンの国旗を手に持ち、市民が手に持っているポスターやプラカードには「レバノンは一つ」「宗派主義にノー」などという標語もあった。デモ参加者には若者が多いが、年配者や女性の姿もあり、幼い子供を連れた家族の姿も目立った。タンクトップ姿で肌を露出したキリスト教徒の女性たちと、長袖の上着や長いスカートにベールで髪を覆うイスラム教徒の女性とが一緒に並んでスローガンを叫んでいる光景から、宗教や宗派を超えた動きであることが分かった。

ベイルート中心部のデモに参加した女性たち。ベールを付けたイスラム教徒の女性と、キリスト教徒の女性がともに「革命」を唱えている=10月24日、川上撮影拡大ベイルート中心部のデモでは、ベールを付けたイスラム教徒の女性と、キリスト教徒の女性がともに「革命」を唱えていた=10月24日、撮影・筆者

 デモは11月に入っても続き、7日のアラビア語衛星放送アルジャジーラテレビはベイルートにある教育省の前に大勢の市民が集まって、場所を占拠している様子を中継した。人々はレバノンの国旗を振り、「革命」を求めるスローガンを叫んでいる。レバノン各地の各省庁の建物や電気会社の前でも同様の動きがあるという。10月中下旬に私がベイルートにいた時も、西ベイルートにある中央銀行の前で若者のデモは始まっていたが、さらに動きが広がっているようだ。

 レバノンでは1975年から90年まで、キリスト教、イスラム教スンニ派、シーア派、ドルーズ派など宗教・宗派に分かれて争ったレバノン内戦があった。90年に宗教・宗派の代表による合意によって内戦が終結した。議会ではキリスト教徒とイスラム教徒の議席は同数で、計18の宗教・宗派ごとに議席を与える宗派主義が導入された。

 宗派主義によって内戦は終結したが、結果的に国民は政治的に宗教・宗派で分断された。人々が政治に何か求めようとすれば、自分たちが所属する宗教・宗派の代表を通すしかなかった。今回のデモのように内戦後にキリスト教徒とイスラム教徒が宗派主義を超えて、政治の改革を政府に迫るような動きが起こったのは私が知る限り初めてである。

 デモが起こった最初のころにレバノンの主要紙「アンナハール」に「『政治的エリート』に対する広範な『民衆の反乱』が起きた」とする論評が出た。「何十年にもわたったやり方を繰り返してきた政治的エリートたちは、信条や政治基盤が違っても、同じく民衆に包囲されて窒息しそうになっている。しかし、彼らはこれまで通りのやり方で、できるだけ問題を大きくしないようにして、危機を引き延ばしている」としていた。

 つまり、内戦終結後、政治を支えてきた「政治的エリート」と、それを支える宗派主義が、民衆の反乱を受けているととらえている。つまり、内戦を戦った宗教・宗派の指導者や組織が、内戦が終わって30年になろうとしているのに、いまも政治を牛耳り、国民不在のボス政治になっているということである。

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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

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