本格化する最近の景気減速をどう解釈すればいいのか
2019年11月10日
第19期中国共産党中央委員会第4全体会議(4中全会)が10月28日から31日まで開催された。今回は、3中全会の時のような経済政策案への対立がなく、鄧小平以来の改革・開放を修正した「社会主義基本経済制度」を前面に出し、国有企業のさらなる改革と民間や学校など末端組織までの共産党指導を訴えた。
これを中国の先祖返りと言う声は日本を含め海外で少なくないが、その意味するところは、「日本からは見えにくい中国経済のもう一つの本質(上)」で書いた中国型社会主義への邁進である。
中国経済は、10月18日に発表された2019年第3四半期のGDP(前期比、人民元ベース)がプラス6.0%と前期より更に0.2%低下し、27年半ぶりの低水準となった。1~9月を通してみてもプラス6 .2%で、前年度より0.4%ポイント下がっている。
一方、中国関税総署が10月14日に発表した1~9月の輸出入(人民元ベース)をみると、輸出がプラス5.2%、輸入がマイナス0.1%であったが、このうち9月単月では、輸出がマイナス0.7%、輸入がマイナス6.2%であった。これを対米貿易に絞ると、1~9月期の対米輸出がマイナス6.0%、輸入がマイナス22.5%と、米中貿易摩擦の影響が悪化していることがわかる。
直近の経済データが4中全会の発言に影響していることは間違いない。本稿では、現状の経済の悪化傾向とそれへの対策について見ておきたい。
中国は、かつて米国や日本がたどってきたのと同じく投資・製造業依存型経済から消費主導型経済に移行するプロセスを経験しているところだが、データ的には国家経済を推進するための投資の役割はすでに一段落していることがわかる。2015年までのGDP成長率に対する投資の寄与度は5割を上回り続けたが、2018年には消費が8割弱を占めるようになっている。
これはメディアで取り上げられる華やかな中国の消費社会のイメージと符合する。たとえば、中国の自動車販売台数(2018年)は中央と地方政府等の購入もあって2808万台と世界最大、2番目の米国(1770万台)を大幅に上回っている。
それでも、14億人の人口のうち沿岸部を中心とした4億人による消費を前提とする輸入はまだまだ少なく、相対的に全中国でつくる生産品の輸出が多い。そして、これが米中貿易摩擦の原因となっている。
その解消には、米国から大型旅客機や家畜飼料を輸入することによる短期的な対応をする一方で、残る10億人の生活水準を引き上げて国民全体の消費を増やし、輸入を増やすことが不可欠だ。米中貿易不均衡は対米外交上の問題だけではなく、内政問題としての面も大きいのである。
実際、筆者の20年間に及ぶ中国経験からすると、「地方都市の郊外における生活の水準は北京や上海中心部の住宅街より低く、農村部に行くと一段と生活水準が低くなる」という、“都市集中型経済”の実態はほとんど変わっていない。
たとえば、地⽅の家庭にあるテレビは⼤きな液晶テレビに変わったものの、アパート⾃体は同じなので他の調度品は昔のまま。メガロポリス( 広域経済圏) でも、新築のアパートに引っ越した⼈々が購⼊できる製品の品質はアップしているが国産の廉価なものが多く、まだ北京や上海の都市部で⾒られる海外ブランドは数少ない。いまだ道半ばの消費主導型経済への構造転換は今後も継続していく必要がある。
リーマン・ショックにあたり、中国は4兆元の大型景気対策を実行した。以来、現在までの中国の経済成長は対前年比の伸び率こそ低下傾向ながら、先進7カ国のそれを遥かに上回り続けた。だが、実はそこでは社会主義国ならではの「もうひとつの経済政策」が重要な役割を果たしていた。補助金支給である。
日本でハイブリッド車が普及した理由のひとつは政府が補助金を出したことだ。10%の助成率だとすれば、消費者は200万円の車を180万円で買えた。中国はこの制度をより広範に行った。
具体的には、自動車、オートバイ、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、パソコン、携帯電話など合計13品目の商品について、2009年から13年まで補助金を支給した(商品によって期間に違いはある)。たとえば冷蔵庫で300元、ハイブリッド車で5万元の補助金が給付された。新アパートへの引っ越し需要の喚起もあり、中央政府としての期間終了後もこれを独自に引き継いだ地方公共団体もあった。
その結果、政策導入前の2008年と昨年(2018年)を比較すると、農村部の冷蔵庫の普及は2倍、洗濯機は3倍、エアコンは7倍、テレビは一家に2台というように、中国全土の生活に大きな変化がもたらされたことがわかる。
習近平政権は、潤沢な外貨準備等を利用して、歴代政権が主張してきた地域による生活の格差の解消の目標を引継いで、その実現に努めてきたのである。
興味深いのは、パソコンの普及は3倍になったものの、普及率は3割に満たない一方で、携帯電話は普及こそ同じ3倍であるが、普及率が一家に2台にまで上昇している点だ。便利・高性能・割安のスマホでパソコンの機能を代替するという、日本人と同じ傾向が中国にも見て取れる。これは、内陸部の農村地帯において、不要な電話線敷設等のインフラ・プロジェクト資金を節約することに繋がっている
リーマン・ショック後、先進7カ国が不況に苦しむなか、中国が高度成長を続けられた背景には、このインフラ政策としての4兆元の財政出動による経済効果が全国的に波及したことに加え、格差解消も目的とした個人消費に焦点を当てた補助金政策の効果という両輪があったのだ。
そして、この二つの経済政策の効果が、前項に書いた投資依存型経済から消費主導型経済への構造転換を進めてきたのである。
昨年から続く中国経済の減速の背景には、これら政策の効果がなくなってきたことに加え、商品の需要の一巡、消費者の買換え衝動の減退も少なからず影響している。そこで、中国政府は今年に入って具体的な対策に着手した。
1月23日には、国家発展改革委員会を含む18の部署が合同で「社会領域の公共サービスの不足の補強、弱点克服、質的向上の推進を強化し、強大な国内市場の形成を促進する」として、学校、医療施設、未就学児ケア等母子のための施設の建設を発表し、同日から実施している。さらに日本以上のスピードで進む高齢者増加への対策も進められている(これについては後日、説明したい)。
また、1月28日には国家発展改革委員会が「自動車と家電の販売促進策(補助金政策)についての基本方針」を発表した。これは、上述の補助金政策の第二弾として、自動車や家電製品、オフィス機器の買い替えに補助金を出すというものだ。農村対策として、オート三輪から軽トラックへの買い替えにも補助金を出すとした。開始時期は明確に示されていないが、間もなく開始される模様だ。
このような消費者(=個人)に焦点を当てた政策が奏功するかどうかが、中国の今後の景気低下抑制、また回復への鍵となる。そして、これは習近平政権が主張し、4中全会でも取り上げられた「社会主義基本経済制度」の考え方に基づく政策に他ならない。
これまで中国型社会主義は、資本主義を基本とする国際経済に組み込まれてきた。日本、台湾、韓国がかつて経験した「キャッチアップモデル」を採り入れ、それを米国が自国の利益も考えて寛容に受け入れたためである。なかでも、2001年のブッシュ政権時にWTOに加盟したこと、3・11後の対テロ戦争で「米国陣営」に立ったこと等を背景とした良好な関係による対米輸出の増加は、中国経済の成長に大きく寄与した。
ところで、中国の強みは「廉価な労働賃金」という指摘は根強いが、実はこれは間違いだ。
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