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小沢一郎 試練の15年

(21)細川政権崩壊~民主党政権誕生。試行錯誤の日々を小沢一郎はどう歩んだのか

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

岡田克也の離反

 1996年10月20日の初めての小選挙区比例代表並立制選挙では、新進党は4議席減の156議席に留まった。このため、単独過半数に届かなかった自民党は自社さ政権を維持、橋本龍太郎政権の継続となった。

 分裂のような格好になってしまったからね。選挙はその結果です。たしか1万票以内で70選挙区負けました。しかし、あの選挙は本当は絶対に勝てる選挙でした。もう一回政権を取れたんです。みんな目先のことで大きなチャンスを逃がしているんです。

拡大新進党の結党大会。テープが飛び、党名を書いた帆布が客席を覆うパフォーマンスで締めくくられた=1994年12月10日、横浜市の国立横浜国際会議場

 ――そして97年12月に新進党を解党します。これは、もう一回心機一転、同志を集め直す必要があると考えた結果だったんでしょうか。あるいは現実的に言うと、本来は一緒になるはずの公明党が一緒にならないということが原因だったのでしょうか。

小沢 新進党の出直し解党の理由としては、総選挙の後、細川さんと羽田さんから新進党を離党したいと告げられたことが一番の理由です。当然、その後の公明党の問題も原因としてありました。公明党についていえば、ぼくは一つの政党を作ろうとしたんですが、公明党はあくまでも公明党を残すと言うんです。創価学会には「それはおかしいじゃないか。では、どうしてもと言うのなら参議院だけ公明党を残すということではどうか。衆議院は一緒になろう」と話したんですが、最後までどうしても譲らなかったんですね。それで、解党以外にないじゃないか、となったんです。

――そうですか。後に民主党代表に就く岡田克也さんはこの時新進党の議員でしたが、小沢さんのこの新進党解党の件が原因となって小沢さんと分かれていったようですね。

 岡田克也は通産官僚から自民党議員になり、小沢とともに新生党、新進党と行動をともにした。しかし新進党解党後、小沢とは別の道を歩んで自由党には行かず、国民の声、民政党とたどり、民主党に行き着いた。民主党代表となったが、2005年の総選挙敗北の責任を取って代表を辞任した。
 岡田のホームページ(2006年8月13日)には「点検・小沢民主党(6)」という連載記事の中で、次のような記述がある。『岡田は、2大政党制の実現を目指し、93年に小沢と共に自民党を飛び出し、新進党の結党でも行動を共にした。だが、党首だった小沢が唐突に解党を決めた97年の新進党両院議員総会で、小沢に激しくかみついた。/「納得できない。新進党と(投票用紙に)書いた有権者への裏切りだ」/当時を知る議員は「岡田さんには、民主党が新進党の二の舞いになることへの警戒感がある。だから、言うべきことはきちんと言おうとしている」と解説する。/岡田は今、小沢と個人的に会うことはない』

小沢 その件は、「何とかしてみんなを率いてほしい」という要望があったから、ぼくは「いいよ」と言っていたんです。だけど、岡田さんは議員総会で「みんなを受け容れてほしい」という意味合いのことを質問したんですね。だけど、議員総会でそう聞かれれば、「どこでどうするかは自分で決めることでしょう。政治家なんだから、私が来いとか来るなとか言う話ではないだろう」と言ったんです。

 要するに「自分で判断してください。私にいちいち聞くべき問題ではない」ということを言ったんです。岡田さんとしては、「君たちも一緒にやろう」と言ってもらいたかったんでしょう。しかし、議員総会ですから「それぞれみなさんで判断してください」としか言いようがないでしょう。

――なるほど。岡田さんとしては、その言い方が自分たちを受け入れてくれないというような感じに聞こえたのかもしれませんね。

小沢 そういう感じに受け取られたかもしれません。でも、そんなことはないんです。一緒にやりたいって言うならぼくは一緒にやるんです。

――岡田さんにこだわるようですが、伏線というようなものはなかったのですか。岡田さんが羽田さんに肩入れしていたとか。

小沢 それはないと思います。岡田さんは自分本位の政治的な底意があって動くような人ではないですから。

――なるほど。しかし、岡田さんと言えば、この本のインタビューで小沢さんは面白いエピソードを語っています。


筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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