【2】民主派団体 民間人権陣戦副代表・黎恩灝
2019年11月14日
香港の抗議運動は主に幅広い支持を集めている、既存の政治勢力を含めた民主派と、かたや全く組織化されていない若者たちの抵抗運動が両輪となって展開されている。
今回話を聞いたのは民間人権陣戦(以下、「民陣」)という民主派の連合組織で、そのデモの主催者となっている。この団体が主催した6月9日のデモには主催者発表で100万人、この翌週には200万人と言われる人たちを動員した。香港の人口は約740万人なので、香港市民の1/4が参加したことになる。(ただし、警察発表は約33万人、香港大学の社会学教授の葉兆輝は50~80万人と推計値を算出)。いずれにしても、香港史上稀にみる大規模なデモとなったことは間違いない。
その民陣は、人権問題をテーマにした組織横断型の集合体だ。49の様々な団体から成り、その立ち位置も幅広く、例えば前回のインタビューで話を聞いた陳淑荘(タンヤ・チャン)議員が所属する香港立法会の第二野党である公民党や、その他の野党民主派も参加しているほか、キリスト教の宗教団体、LGBT運動の組織、学生団体、女性運動団体、マイノリティーの権利団体なども含まれている。
香港の現在の騒乱はリーダーのいないアナーキーなものとなっていると知られているが、これはそのような非合法の抗議活動に限る話で、合法的に組織化されたデモも大きな力をもっている。むしろ、こちらが本来の民主運動のはずだ。この民陣がどのようなスタンスでデモを組織し、現在の香港情勢をどのように考えてコミットしているのか、それを知りたい。副代表の黎恩灝(エリック・ライ)氏(31)に、彼が政治学の講師を務める香港浸会大学(香港バプティスト大学)のキャンパスで話を聞くことになった。
1994年に設立されたこのキリスト教系の大学のキャンパスに足を踏み入れた途端に、様々なビラやスローガンが書かれた貼り紙が至るところに貼られているのに圧倒された。そのほとんどすべてが今回の民主化運動のものだ。床にはスプレー書きで、「香港人反抗」と大書され、クラスに向かうはずのエレベーターの入り口には「罷課」とペンキで殴り書かれている。学生は授業ボイコットも呼びかけているのである。
「今年の9月からこの大学で授業を受け持ったばかりですが、私が知る限り、9月の第1週の授業ボイコットは半分以上の学生が参加していました。抗議運動で前線で戦うコアな人たちもいます。ここの学生会の会長は2回警察に逮捕されています」
学内の様子についての質問に答えながら、黎氏から渡された名刺を裏返すと、国連の世界人権宣言の第一条「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」との一節が書かれている。
このインタビューが行われた時点で、民陣の代表である岑子傑(ジミー・シャム)はまだ入院中だ。前回の香港公民党の陳淑莊議員の記事で触れたとおり、正体不明の南インド系の暴漢達に襲われたからだ。
「彼が襲われた夜、私たちは彼と会議をする予定で、彼が襲われた場所の上のオフィスにいました。彼が襲われてすぐに助けに行き、一緒に病院にも行きました。本当に驚きました。今回を含めて彼が襲われたのは2回目です。私はその時も彼と一緒に病院にいきました」
前回のインタビューで陳議員はこの犯行について、複雑な背景があると説明してくれたが、黎氏はさらに踏み込んで説明してくれた。
「この襲撃事件については諸説ありますが、マフィアが誰かを雇ったと言われています。では誰がマフィアにやらせたか。香港では昔からよくあるケースは、国家安全部(中国の情報機関)か中連弁(香港における中国の政治機関)がコントロールしているというものです。証拠があるわけではありませんが、7月から頻発しているデモ参加者への暴力事件はすべてマフィアが背後にいると思います。そしてそのマフィアの背後には中連弁がいます。この説が一般的なものです」
「もう一説は地方のヤクザの犯行というものです。かつての襲撃事件のメンバーも地方のヤクザだったからです。もう一説は香港の宗教的マイノリティー集団の犯行というものですが、この説には証拠もなく、さらに香港の人種間の問題をはらむものですので、私たちはこの説を支持していません」
この襲撃事件は南インド系の犯人がすでに捉えられており、警察はその背後関係を探るとしている。しかし、ムスリムのインド系の犯行であり、その同性愛嫌悪の思想からLGBTの活動家である彼を襲ったのではないかという線も残念ながら捨てきれないのだ。現在の香港では、いたるところに憎悪と暴力が気化したガソリンのように漂う。黎氏がマイノリティー問題を惹起させるような説を支持できないというのはこういう意味もある。
ところで、この大学にも外国から来ている人は多い。もちろんそれは中国も含めてだ。その人たちはどうしているのか。
「香港の大学にはたくさんの中国大陸の留学生がいます。彼らは静かです。もちろん、デモに参加することもありません。自分達の政治的な立場を表明することもありません」
それはそうことになるだろうと思う。
6月に親中派の香港人が主催した警察支持の集会で参加者に話を聞いたことがある。おそらく数万人は動員していただろう。事前に、やらせの中国人がお金をもらって集まっているだけだと私の通訳から聞いていたので、そういうものなのかと行ってみたところ、実際にそういう風情の人たちの団体はいたものの、そのほとんどは実際に香港人としかみえない身なりをした普通の人たちで、その中にはかなりの数のファミリーや若者たちもいた。
彼らに話を聞くと、ゴリゴリの中国寄りの発言をする人もいることにはいるが、特に若い人たちは「民主運動には賛成するし、行政府は彼らの意見も聞くべきだ。しかし暴力は絶対にやめるべき」というように柔軟な意見を語ってくれた。考えていた集会とはまるでイメージが違っていた。
その中にいた大学生の若者は、そういう意見を学校では話すのかと聞くと、「政治的な話をしゃべらないようにしている」と寂しそうに目線を伏せて答えた。「警察官が悪いという話ばかりで、それに反論すれば、ネットでも攻撃されることになります」
警察官の家族や支持者がネットで炎上し、個人情報や家族への脅迫があるのは今の香港の日常茶飯事なのだ。ましてや中国からの留学生であれば、今の香港情勢にどのようにコミットしたとしてもマイナスしかない。彼らは静かにしているしかないはずだ。
黎氏も警察に対する批判は変わらない論調だ。それについて彼は「不平等」という言葉を使った。
「警察の暴力が法で守られているのは不平等です。デモ隊のほうは逮捕され、裁判にかけられ、制裁を受ける。しかし、非合法な暴力を使った警察を、市民のほうから起訴するのは困難です。市民が暴力を行使したらすぐ逮捕されますが、逆に警察に罪があっても、それを追及するのに長い時間がかかるだけでなにもできないのです」
法の下、両者が公平に裁かれるべきということならば、黎氏の言う通りなのだろう。実際に私もデモの取材のなかで、警察がプロテスター側を情け容赦なく鎮圧する場面に何度も出くわした。彼らはどうやら植民地時代のイギリスの警察の暴徒鎮圧の方法しか知らなそうなのだ。
しかし、警察の暴力に対抗したということはあるのだろうが、それでもここまでプロテスターが過激化していったというのはなぜなのか。最近の世論調査でも、4割以上の香港市民が過激化する抗議運動を支持しているという調査結果が出ていた。この背景はなんなのか。前回のインタビューでも取り上げた2016年の若者の騒乱は暴力的だと世論から批判を浴びていたのが、なぜここまで支持されるようになったのか。
「6月9日のデモが重要なターニングポイント
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