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私たちは150年アイデンティティを奪われてきた

【3】チャイナ・レイバー・ネット編集委員 區龍宇氏

清義明 ルポライター

香港の「一般意志」【1】陳淑荘
香港の「一般意志」【2】黎恩灝

香港デモの中の香港民族主義と「本土派」

 これまで、議会の中の香港の民主派勢力と、市民活動という広い勢力から大規模デモを組織する立場からの意見を聞いてきた。最後に、少しここから離れた民主派のもうひとつの見方を紹介しよう。

 區龍宇(おう・りゅうう)氏(63)は、香港の労働者運動に深く関わり、国際労働問題の活動家である。イギリス統治時の1970年代から香港の政治運動に関わり、当時から反中国共産党を標榜し、現在の中国とイギリスとの一国二制度にも独自のスタンスを貫いてきた、香港の民主政治運動の中では古老ともいえる人物だ。

拡大チャイナ・レーバー・ネット編集委員の區龍宇氏(写真はいずれも筆者撮影)

 今回、私が彼に聞いてみたかったのは、香港の過激化を増していく抗議運動に強い影を落とす「本土派」と、香港に現れている香港民族主義のことである。

 この逃亡犯条例改正案反対運動が起きた6月から何度か私が香港に訪れて、一番衝撃を受けたのは、7月21日の抗議だった。

 第二回インタビューで取り上げた民間人権陣戦主催の昼間のデモは平和裏に行われたが、この夜は荒れた。若者の一部は夜になると、ガスマスクとヘルメットを装備して、デモの行われた香港島の各所で破壊活動と道路封鎖を行い、それから押し寄せたのは、信じられないことに中国中央政府の出先機関である駐香港連絡弁公室(中連弁)で、そこをプロテスターは襲撃したのである。

「暴力を用いる本土派は『極右』と言っていい」

 雨傘運動以来、香港で中国中央政府を直接対象とした攻撃が行われたのは初めてのことだろう。

 その夜、それを排除するために集まった若者たちは、街中にスプレーでスローガンを書き、そろって歌を歌い、そしてたぶん初めてのことだろう火炎瓶を使いだした。デモ隊は誰かの号令のもとに、機動隊にむかって一斉突撃までしていた。完全に運動が変貌していたのである。道路封鎖に文句を言った運転手は引きずり出されてリンチされ、車はめちゃくちゃに破壊された。もはや、非暴力という建前すらもなくなっていた。

 そして何より驚いたのは、この襲撃された中連弁の壁面に「支那」と大書されていたことである。もちろん、この言葉は香港でも差別用語である。そして街中に大書されていたのは「光復香港 時代革命」というスローガンである。これは香港民族主義を掲げて香港独立を公然と宣言している「本土派」のひとつである「本土民主前線」の梁天琦(エドワード・レオン)氏が使っていたスローガンである。

拡大「光復香港 時代革命」のスローガン

 本土民主前線は、「香港民族主義」を主張し、そのマナーの悪さなどから社会問題となっていた中国人観光客の排斥運動などを行い、2016年の旺角騒乱では、非暴力から暴力闘争への展開を主張した。梁氏はこの騒乱を指導したとして禁固6年の実刑判決を受けて服役中である。彼の同志には海外に亡命した人物も何人かいる。

 區氏は日本で出版されてもいる著書(『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論評集』柘植書房新社刊)で、いち早くその存在を日本に教えてくれた人物だ。その區氏が、現在の香港情勢をどのように考えているのか。まずは、この逃亡犯条例条例改正から香港全土を巻き込んで始まった抗議運動の勢力図について概観してもらった。

 まずは聞いてみる。筆者には残念ながら過激化を増す一方で、手詰まりのようにも見え、そしてそのぶんだけ、不必要な暴力の応酬が繰り広げられているように感じられるのだが。

 「たしかに、この運動をさらにエスカレートさせるのは難しいと思います。これは事実でしょう。しかし、それは運動が行き詰まったということではありません。社会的に広げていくことはできるからです。そもそも香港政府に私たちの要求を受け入れるような権限はありません。他の国だと、政府の決定をひっくり返すことはできるでしょう。しかし、ここ香港だと非常に難しい」

 「香港の政府は北京の中央政府に支持されています。私達は二つの政府からプレッシャーをかけられています。香港政府の官僚は、この運動に同情しても決定は覆らないし、政府を倒すこともできないとよくわかっています。しかし、そのために運動の勢いが弱くなっても、その運動自体は香港にさらに広がっていくでしょう」

 香港の抗議運動で「支那」という言葉が出てきたのはたいへん衝撃的だった。実際、香港のネット上にはそういう言葉も飛び交っている。いったい何が起きているのか?

 「まず私は『支那』という言葉を使うことを嫌悪しています。その言葉を使っているのは若者達の中の本土派でしょう。立法会に突入したりしているプロテスターは数千人の若者です。彼らは政治的なキャリアはありません。組織をつくらず、自発的に行動します。なかには14~15歳くらいの若者もいる。彼らを『勇武派』という人もいます。そして、自分達のことを自ら本土派だと言う人もいます。その言葉の本当の意味をわからずに使っている人もいます」

 「雨傘運動の時、一部の本土派の運動は過激で、同じ民主派の集会やストリートフォーラムなどを妨害して中止に追い込んだりしていました。そのやり方は『極右』と言っていいでしょう。暴力を使うからです」

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筆者

清義明

清義明(せい・よしあき) ルポライター

1967年生まれ。株式会社オン・ザ・コーナー代表取締役CEO。著書『サッカーと愛国』(イースト・プレス)でミズノスポーツライター賞優秀賞、サッカー本大賞優秀作品受賞。