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中国共産党による香港・台湾優遇策の残念な結果

中国大陸より先に豊かになった香港や台湾の人々には民主的な社会のアプローチが必要

藤原秀人 フリージャーナリスト

第19期中央委員会第4回全体会議の会場入り口で、周囲を警戒する人びと=2019年10月28日、北京

 連載「中国屋が考える『両岸三地』とアジア、そして世界」は、まず香港と台湾を舞台に論じてきた。となると、当然のように、「大陸の中国共産党はどうするの」との問いかけを受けた。その共産党は10月末に中央委員会の全体会議を開いて、香港や台湾についても議論した。そこであらためて強調されたのは、すべての面での「一党独裁堅持」であり、民主化運動が止まぬ香港や、総統選挙を控えた台湾の人々の心に染み入るような策は出てこなかった。

秘密裏に行われる中央委員全体会議

 中国共産党は5年に一度、党員の代表大会を開き、幹部の中央委員や政策を決める。大会と大会の間は、中央委員の全体会議が1年に一度くらい開かれ、人事や政策の調整をする。このほど開かれた会合は、共産党第19期中央委員会第4回全体会議、略して4中全会という。

 会議は非公開で、外国人記者は取材できない。私が一度目の北京特派員をしていた1990年代までは、会議日程は公表されず、終わってから初めて発表された。だから、馬鹿げているが、開幕したかどうかも“取材競争”の対象だった。

 北京の天安門から長安街を西に車で5分ほど走ると、道の名が「復興路」に変わる。その道沿いに京西賓館がある。このカーキ色のホテルが会議の会場だ。ホテルは人民解放軍直轄で関係者以外は立ち入りできない。私は北京在勤中、その周辺を車で走り回ったり、歩行者を装って歩いたりして、会議の様子をうかがった。

 世界一警備の厳しいといわれるホテルの周りをうろつく一般市民は、まずいない。警察も私が誰かを察している。ニンマリしながら「お仕事大変ですね」と話しかけてくる警官がいた。しかし、ホテルの門に近づこうとすると、小銃を持った武装警察官が駆け寄ってくる。事実に肉薄なんかできなかった。

 いまでこそ会議の予定は公表されるものの、中身は相変わらず非公開で、党機関紙「人民日報」や国営新華社通信などごく一部の中国メディア以外は取材できない。

香港と台湾に関するコミュニケに具体性なし

 会議の結果は新華社通信を通じて発表される。今回は「中国の特色ある社会主義制度の維持・改善と、国家統治システムと能力の現代化に関する決定」を採択した。いつも通り、人の関心を削ぐような素っ気ないタイトルだ。

 決定の全文はすぐには発表されず、まずは成果をつづめた「公報」というコミュニケが出る。解説など関連の報道はあるが、確認したいことがあっても、党幹部に直接聞くことはできない。

 中国政治の専門家でさえ直ちに判読できないものを、外国の記者は苦労して報じる。だから、報道はどれも「みられる」「模様だ」「思われる」と歯切れが悪い。記者の能力も問われるが、そもそも情報公開をしぶる党の姿勢が問題なのだ。

 今回のコミュニケを私も読んでみた。香港と台湾については、次のような記述があった。

 香港については、「国家の安全を守る法制度と執行のメカニズムを確立する」。台湾は、「広範な台湾同胞と団結し『台独』に反対し、統一を促進する」だ。党が、止まらない香港の民主化運動に業を煮やしていること、そして台湾の独立志向に神経をとがらせていることは分かるが、具体的に何をするのかは定かではない。

サプライズだった習近平・林鄭会談

 中国共産党のやり方というのは、まずザクっと大方針を示し、期待と不安を抱かせたうえで、しばらくして具体的な決定を出し、行動に出る。

 香港に対しては、サプライズがあった。中国トップの習近平党総書記(国家主席)が11月4日に上海出張中だった林鄭月娥行政長官を接見したのだ。林鄭氏が香港問題を主管する韓正副首相と6日に会見する予定は発表されていたが、習氏との面会は直前に明らかにされた。

 党がすべての中国では、あらゆる問題を党が仕切る。香港については、「中央香港マカオ工作協調小組」が設けられていて、党内序列7位の韓氏が組長だ。一方、台湾については「中央対台工作領導小組」があり、党トップの習氏が組長を務める。

 組長の序列の差は香港問題と台湾問題の重みの違いを反映している。香港は1997年に返還してからは中華人民共和国の一部であり、表面上大きな問題は起きず、序列7位の担当でも十分に見えていた。

 一方、台湾は統一できておらず、歴代指導者にとって台湾問題は一寸たりとも揺るがせにできない課題だ。中国の知人と話していても、香港と台湾では熱の入り方が違う。現在の香港情勢には、眉を射ひそめつつも「学生らが騒ごうが、しょせんコップの中の嵐だ」という知人の一人は、台湾については「統一は民族の悲願だ。台湾の独立傾向を警戒している」と話す。

 習氏が韓氏の前に急遽林鄭氏と会ったのは、韓氏には混迷する香港問題を任せられないと突き放したのかもしれないが、習氏自身が香港情勢に強い危機感を持っている表れに違いないだろう。

香港返還20年を記念する式典で握手をする中国の習近平国家主席(右)と香港の林鄭月娥行政長官=2017年7月1日、香港

容易ではない香港の秩序回復

 習氏は林鄭氏に「香港の修例風波は5カ月続いている」と述べ、香港情勢の変化が容疑者の大陸送還を認める逃亡犯条例の修訂案が契機であることを認めた。そのうえで「林鄭氏率いる政府は安定維持と社会の雰囲気改善のため困難な仕事を遂行してきた。中央はあなたを高く信任している」と語った。そして「暴力を止め動乱を制し、秩序を回復することが目下の最重要任務だ」と治安の維持を求めた。

 林鄭氏については更迭説が出ていたが、習氏の面会はそれをとりあえず打ち消すものとなった。しかし、林鄭氏に「最重要任務」と投げかけられた秩序の回復は容易ではない。

 林鄭氏が警察力を駆使し民主化運動に対してさらに厳しい態度に出れば、情勢は一層深刻化しかねない。香港では習氏の発言について「香港を見下し、管理を強化するものだ」などとの批判が出ている。

香港のデモは収まらない。警察の催涙弾に備えて雨傘を広げるデモ隊=2019年11月12日、香港・中環(セントラル

経済で人心をつかもうとしても……

 林鄭氏は6日、韓氏と北京で会った後に記者会見し、中央政府が香港住民の大陸での不動産購入や教育などの面で16項目の優遇策を出したことを誇らしげに発表した。

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