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冷戦終結後の人口流出が招いた東欧の悲劇

ポスト冷戦時代を読む(1) 政治社会学者 クラウス・オッフェさん

三浦俊章 朝日新聞編集委員

外国人を知らないことで膨らむ恐怖や反発

拡大クラウス・オッフェ独ヘルティ公共政策大学院教授
――東ヨーロッパは、特に外国人への反発が強いのでしょうか。

 社会学にはひとつの法則のようなものがあります。外国人に接する機会が少ない人ほど恐怖や反発は大きいのです。スロバキアの南部には、ハンガリー人の大きなコミュニティーがありますが、地元では問題なく共存している。しかし、ハンガリー人がほとんどいない北部では、ハンガリー人への反発が大きい。

――ドイツでは、旧東ドイツのほうが、移民排斥の声が大きいとか。

 旧東ドイツは、エスニックの面ではヨーロッパで最も純粋な国家でした。マイノリティーがほとんどいない。みんながドイツ語を話す。外国人は全人口の2%です。1%はソ連軍の兵士でしたが、彼らは基地の中に住んでいました。もう1%は、北朝鮮とベトナムからの労働者ですが、彼らも自分たちだけで住んでいて、一般の東ドイツ国民は外国人の姿を見ることはなかったのです。

 西ヨーロッパは、まったく事情が違いますね。ふたつの種類の外国人がいました。ひとつは、旧植民地から来た人々。アフリカ、カリブ海、インド、パキスタンから大勢の移民がありました。1960年代からは、トルコなどから外国人労働者が来ました。東ヨーロッパの国々にはこうした経験がありません。

――社会主義はもともと、祖国を持たない思想で、国際主義の要素もあったのでは。

 それは権威主義的な国際主義です。ソ連が社会主義圏をリードするという考え方には、疑問を投げかけることは許されなかった。独自の路線を主張したのは、アルバニア、ユーゴスラビア、ルーマニアの3国だけ。あとの国は、プロレタリア国際主義にリップサービスをしているだけだった。

 ソ連崩壊後には、民族主義が復活した。かつての支配者に対する復讐の面もある。バルト3国に居住するロシア人、ブルガリアのトルコ人、ポーランド在住のドイツ人などが憎悪の対象となっています。

――東ヨーロッパ固有の社会的条件や、歴史上の負の遺産があるのですね。

 東西で社会的、文化的な違いが大きい。西ヨーロッパの人は、人口の1、2割が外国人ということに慣れている。加えて、1960年代後半には学生による大規模な抵抗運動を経験しました。西ドイツでいえば、あのときに、保守的だった政治文化が根底的にリベラルなものに変えられました。東ヨーロッパでは、そのような抵抗運動で政治文化が変わったという経験がありません。

東欧では民主主義が繁栄を生まなかった

――ソ連型社会主義体制からの開放は、社会や政治の自由化に直結しなかったのですね。

 西ヨーロッパの側の傲慢さという問題もあった。ヨーロッパ連合(EU)が、加盟の条件として1993年に示した「コペンハーゲン基準」がその典型です。東ヨーロッパの国々はEUに入りたければ、民主主義体制、法治主義、基本的人権の尊重などの基準を満たさなければならない。西ヨーロッパのイメージに合うような改革をせよ、ということです。

 東側は、政治的にお行儀よくすれば経済的な報酬をあげますよ、ということだと受け取った。こういう考え方は、東ヨーロッパでは無条件に好感を持って受け止められたわけではない。EU本部のあるブリュッセルが「新しい主人」というわけです。

 しかし、西側が望んだ複数政党制、言論の自由、基本的人権の尊重などを取り入れても、東側が期待していたような安定した資本主義、経済的繁栄は来なかった。デモクラシーが経済的繁栄を生むという方程式は成り立たなかったのです。

 豊かになったのは、都会に住む専門技能を持つわずかな人だけだった。この点、ドイツのエリートは傲慢(ごうまん)でした。西ドイツは、第2次世界大戦のあとに苦労してデモクラシーを作り、経済を復興させ、1960年代初頭には完全雇用を達成した。東ヨーロッパは、戦争がなかったのだからもっと容易だろうと考えた。実際には、東ヨーロッパでは失業率が高止まり、フラストレーションがたまった。

――第2次世界大戦後、アメリカはマーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)により大規模なテコ入れをしました。東ヨーロッパの場合は、もっぱら市場原理に任せる新自由主義政策だったのではないでしょうか。

 アメリカ人は、歴史は自分たちが正しかったことを証明した、と考えました。冷戦の勝利者は、第2次世界大戦の勝利者にない傲慢さがあったと思います。

拡大30年前の民主化運動に対するメッセージが書かれた短冊で飾られたブランデンブルク門=2019年11月1日、ベルリン。野島淳撮影

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筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員

朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。

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