メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

LINE、ヤフー、そしてソフトバンクへの疑問

超国家企業に対する国家規制のあり方は

塩原俊彦 高知大学准教授

 ネットサービス「ヤフー」(Yahoo)の親会社、Zホールディングスとライン(LINE)は2020年10月に経営統合することで基本合意した。

 米中巨大ITに対抗するために、それぞれの親会社のソフトバンクと韓国ネイバーが共同でラインに株式公開買い付け(TOB)を実施し、3400億円を投じて非公開にする計画で、最終的には両社が50%ずつ出資する共同出資会社がZホールディングの親会社になり、ソフトバンクが共同出資会社を連結対象にするという。

経営統合を発表した記者会見で握手するZホールディングスの川辺健太郎社長(左)とLINEの出沢剛社長=2019年11月18日

 つまり、インターネットサービス事業者(ISP)であるソフトバンクが短いメッセージの交換可能なメッセンジャーと呼ばれる会社、ラインを支配下に置くということになる。ただし、この合併が実現できるかは公正取引員会のGOサインにかかっている。

 マスコミ報道をみていると、今回の合併は米国のグーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の頭文字をとったGAFAや、同じく中国のバイドゥ(Baidu)、アリババ(Alibaba)、テンセント(Tencent)のBATのような巨大企業に対抗するために不可避だという論調が多い。しかし、こうした企業はすべて超国家企業であり、ソフトバンクやラインも同じである。ゆえに、米中の企業に日本の企業が対抗するといった図式は成り立たない。企業の国籍にこだわる理由など薄れているのだ。

 大切なのは、こうした超国家企業に対する国家規制のあり方である。すでに欧州では、こうした超国家企業に対する厳しい規制を実践しているし、米国ではこうした企業の解体を選挙スローガンに掲げるエリザベス・ウォーレン民主党大統領候補もいる。とくに、個人情報保護といったプライバシーをしっかり守る企業かどうかという点こそがもっとも重要なのではないか。

ISPとメッセンジャーの合併は認められるのか

 今回の合併計画で特徴的なのは、ISPであるソフトバンクとメッセンジャー企業との合併がそもそも認められるのかという点だ。

 GAFAはいずれもISPではない。主たる業務としてインターネットサービスを提供しているわけではない。BATもそうである。ゆえに、今回のケースで合併が認められるかどうかは、そう簡単ではないはずだ。ISPであれば、自分のサービス提供がメッセンジャー業務を利するようにさまざまの利便性を付け加えたり、割引を導入したりすることが可能となる。つまり、この合併はISPを利用するだけの他のIT企業を不当に不利な立場に置く可能性が高い。

 ISPの立場を利用すれば、ソフトバンクは非競争的な立場から不当な利益をあげることができる、という議論が成り立つ。だからこそ、合併を認めるにしても、厳しい条件つきの冷静な判断が必要になるはずだ。

ラインへの疑問

 プライバシー保護という観点からみると、ラインがプライバシー保護で優れているとはとても言えない。

 たとえば情報源を秘匿する必要のある「ニューヨーク・タイムズ」のデービー・アルバ記者はシグナル(Signal)やワッツアップ(WhatsApp)というメッセンジャーを利用している(「ニューヨーク・タイムズ電子版」、2019年9月25日付)。とくに、シグナルはメタデータ(データのデータ)と呼ばれる、会話時間や位置情報などを保持しない政策をとっている。同じ政策をとっているのは、香港の反政府運動でも機密保持に使われているテレグラム(Telegram)くらいしかない。

ヤフーとLINEのスマートフォンアイコン

 ラインもワッツアップもみなメタデータを収集し、それを保管している。第三者とのデータをシェアしていないのは、シグナルとテレグラムだけであり、ラインもワッツアップも、あるいはバイバー(Viber)もフェイスブック・メッセンジャーも第三者とのデータ交換を行っている。つまり、これらはシグナルやテレグラムに比べて情報遺漏の可能性が高い。なお、ここでの記述は国際赤十字委員会の報告書(Humanitarian Futures for Messaging Apps, 2017)に基づいているから信頼できるはずだ。

 筆者の授業を受けている学生やゼミ生にはシグナルを推奨している。ラインよりもずっとプライバシー保護が徹底しているからだ。2013年に米国政府の諜報活動の実態を暴露したエドワード・スノーデンは国家安全保障局(NSA)などと民間会社との個人情報協力を明らかにしたが、その段階でメッセンジャー・アプリのなかで暗号化による情報漏れの防止措置をとっていたのはシグナルやウィッカー(Wicker)くらいであった。

 本人の了解なしに当局に情報提供していたアップルやフェイスブックが末端間の暗号化に乗り出すのはスノーデンによる暴露後のことにすぎない。ちなみに、シグナルに切り替えても、ラインと利便性はほとんど変わらないようだから、今後、プライバシー保護への関心がもっと広がれば、それと反比例するようにライン利用者の数が減るはずだ。

 日本人の過剰な同調性の結果なのか、プライバシー保護に十分配慮しているとは言えないラインがなぜかシェアNo.1のメッセンジャーに君臨していることになる。同じくラインがシェア第1位の台湾やタイも同調性が高いことがラインの優位につながっているのかもしれない。もっと個人保護に万全を期そうとしているシグナルやテレグラムが知られるようになれば、もっと冷静な利用が広がるだろう。

ヤフーへの疑問

 筆者はヤフー検索を使わない。グーグルのほうが英語やロシア語での検索結果が明らかに充実しているからである。

 グーグルが2019年11月に発表した、検索エンジンの言語処理モデル(BERT)へのアップデートによって、長文での検索が文脈とより整合性ともつようになることから、グーグルとヤフーとの検索機能の差はますます広がるだろう。ただし、グーグルは検察エンジンを動かす手順であるアルゴリズムを操作して検索結果を歪めているとの批判がある(2019年11月15日付の「ウォールストリート・ジャーナル電子版」)。

 加えて、グーグルを利用すると、広告がたくさん画面に表示されるので、これを避けるために、ダックダックゴー(DuckDuckGo)もよく利用する。プライバシー保護への配慮がグーグルやヤフーに比べて優れているからである。

 検索エンジンについても、日本でなぜヤフー検索の利用者が多いのか、筆者には理解できない。おそらくここでも過剰な同調性から、機能のよしあしやプライバシー保護などの観点が蔑ろにされて何となくヤフーを使っている人が多いのではないか。そうであるならば、検索エンジンについてもダックダックゴーのようなものの利用者が増えてほしいと思う。

ソフトバンクへの疑問

 ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は投資家である。2018年10月に起きた、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・ カショギ殺害事件にもかかわらず、彼はその殺害にかかわったとされるムハンマド・ビン・サルマン皇太子とともに10兆円規模の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(SVF)を運営している。カネのためには何でもするのだろうか。 

来日したサウジアラビアのサルマン国王(中央左)との会談を終えた孫正義氏=2017年3月14日、東京都千代田区

 おまけに、ソフトバンクグループは2018年3月期に法人税を支払っていない。英国の半導体設計会社、アーム・ホールディングスの買収後、その下部の一部をSVFに現物のまま譲渡した際、時価評価額が低くなったため税務上の欠損金が生じた結果だ。ただし、実際に損失が出たわけではなく、あくまで会計処理の結果であり、こうすることで法人税を免れたわけだ。

 もっとも大きな疑問は、親会社のソフトバンクグループ、その子会社のソフトバンクとヤフーがいずれも上場されている点である。

 親会社と子会社の証券取引所への同時上場は制度として日本では認められているものの、欧米ではほとんど認められていない。親会社と子会社との間で、債権債務を恣意的に移動して節税に利用したり、子会社の上場で得た資金で自社株買いを行い、意図的に親会社の株価を引き上げたりする操作が簡単にできるようになるからだ。

 もちろん、ソフトバンクだけが親子上場会社であるわけではない。親会社である日本郵政、子会社のゆうちょ銀行とかんぽ生命保険が上場している日本郵政グループで、相次ぐ不祥事が発覚した。「親子上場」を平然と行う経営者そのものに何か大きな欠陥があるのではないかと思えてくる。

米国で強まるメッセンジャーへの圧力

 実はいま、米国ではメッセンジャーサービスを行う会社に対する情報開示協力の要請が強まっている。

 2019年11月19日付の「ニューヨーク・タイムズ電子版」によると、ウィリアム・バー司法長官は最近、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)に対して同社が所有するワッツアップの末端間の暗号化と同じように、フェイスブック・メッセンジャーやインスタグラムを暗号化する計画を止めるように圧力をかけた。

 すでに、英国では同国の企業の暗号化されたデータを解除するキーを警察などの法執行機関に渡すことを強制する2016年制定の「捜査権力法」や、それに基づいて2018年、オーストラリアでも同様の機関に暗号化されたデータへのアクセスを提供するよう求める法律が制定されている。

 ラインの暗号化は2015年のテキストや位置情報の通信経路上での暗号化にはじまったが、その末端間の暗号化は2016年8月以降、順次拡大していった。おそらく欧米で起きているメッセンジャーへの暗号解除圧力はラインにも強まるだろう。問題は、ラインがこうした政府当局の圧力に屈しないかにある。信頼できる経営者がいなければ、利用者は守られないだろう。