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「偉くならない」教皇フランシスコの来日

高いところから教えを説くのではなく、低いところへ低いところへと自ら身を置く原点

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

若松英輔(批評家)
山本芳久(哲学者)
中島岳志(政治学者)

教皇フランシスコの来日はいかなる意味があるのか――。教皇の発言を的確に理解するには、その思想の根源にあるものを把握しなければならない。教皇の論理に迫り、来日の意義に迫る決定的鼎談。

アッシジのフランシスコと現教皇

中島岳志(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授) カトリック教会の教皇フランシスコが、まもなく来日します。日本のメディアの注目は、主に広島・長崎の被爆地で教皇が何を語るのかといったことに集まっているようですが、今日はもう少し幅広い視点から、そもそも教皇フランシスコとはどんな存在なのか、そしてこの来日が私たちにとってどんな意味を持つのか、カトリックの信徒でもある若松さん、山本さんにお話をうかがいながら考えていきたいと思います。

 まず、基本的なところなのですが、教皇フランシスコは、前教皇のベネディクト16世の後を継いで、2013年に第266代ローマ教皇となりました。歴代の教皇は「コンクラーヴェ」という制度によって選出されていますが、この制度について少しご説明いただけますか。

若松英輔(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授) カトリック教会には、教皇を補佐する枢機卿という職位があります。世界には今、200人強の枢機卿がいますが、コンクラーヴェで選挙権、被選挙権が定められている枢機卿は120人弱です。立候補者がいるわけではなく、枢機卿がそれぞれ教皇にふさわしいと考える人に投票し、何度かそれを繰り返して3分の2以上の得票者が出るまで続けられます。

 そう言ってしまうと、つまりは「選挙」でしょうということになるのですが、そうではなく、そこに神の働きが介在するというのが、コンクラーヴェと、いわゆる民主的な選挙とのもっとも大きな差異です。単なる人気投票や多数決ではなく、神に選ばれた人だけが教皇となる。

 具体的にどのようなプロセスで決定されたのかも、外部には一切公表されないことになっています。それでも一部の情報が漏れてきてはいるのですが……。

中島 教皇に就任すると、その人は本名ではなく自身が選んだ「教皇名」で活動するようになります。現在の教皇の「フランシスコ」は、12世紀から13世紀にかけて活動した聖人のひとり、「アッシジのフランシスコ」から取られたそうですね。

山本芳久(東京大学大学院総合文化研究科准教授) アッシジのフランシスコ(1182-1226)は、もともと裕福な商家の出であったのが、その富を投げ捨てて信仰の道に入り、清貧と奉仕の生涯を送った人として知られています。教皇も、次期教皇に選出されることが決まったときに、親しい枢機卿から「貧しい人たちのことを忘れないでください」と声をかけられ、それでアッシジのフランシスコに思い至ったそうです。

 アッシジのフランシスコは、フランシスコ会という修道会を立ち上げた「改革者」でした。

 12世紀は、ヨーロッパで急速に都市社会が発展した時代です。農村社会なら、住民はほとんどが同じ土地に生まれ育っていて、考え方にもそれほどの差異はありません。その中に閉じこもって、祈りと労働の修道生活を送ることをよしとするのが、ベネディクト会に代表される従来の修道会の考え方でした。

 ところが、都市部にはあちこちから、さまざまな人たちが集まってきます。考え方も多様で、中には従来のキリスト教からすれば「異端」的な考えの人もいる。フランシスコはその中に飛び込んでいって、彼らにも伝わるような形で神の教えを説こうとしたのです。

 自分たちとさまざまな面で異なる人たちのただなかに積極的に出て行って教えを説いてまわる。それは、当時としては非常に「新しい」ことであると同時に、まさにイエス・キリストが弟子たちとともにやったことでもありました。ある種の原点回帰的な精神だと思うのですが、これは現教皇がやろうとしていることとも非常に重なる気がしますね。そのあたりも、後でお話しできればと思います。

 ちなみに、アッシジのフランシスコが立ち上げたフランシスコ会は、当時の教皇に認められたことで影響力を増していくのですが、当初は「異端すれすれ」だとみなされていました。そして、実は今の教皇も、一部のカトリックの神学者や哲学者からは「異端的だ」と批判されています。改革者であるがゆえに、極度に保守的な人から見れば「異端」であるかのようにすら見えるという、その点も重なるといえるかもしれません。

若松 アッシジのフランシスコに象徴されるのは、「貧しさ」「平和」「被造物への愛」だといえると思います。

 「被造物」という言葉は、あまり聞き慣れないかもしれませんが、キリスト教では世界は神によってつくられたと考えますから、万物が「被造物」であるわけです。フランシスコは、ことに自然との交わりを深めました。これらのことは、教皇フランシスコの言動にも強く表れています。

 もう一点、アッシジのフランシスコが、教会内で、決して「えらい人」ではなかったということにも注目したいと思っています。先にも少しふれましたが、カトリック教会は、教皇を頂点に枢機卿、司教、司祭、助祭というヒエラルキーが存在します。フランシスコは聖職者の中でも一番下の位である助祭だった、と伝えられています。

 そうした人物の名前を現教皇があえて選んだということは、司教や司祭よりもなお、一般の信徒に近いところで生きようとする、あるいは教会と信徒、そして民衆の間に入って活動していこうとする姿勢を明確に示しているようにも思います。

拡大ミサに集まった参加者に手を振って応える教皇フランシスコ=2019年5月、ブルガリア

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筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

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