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「偉くならない」教皇フランシスコの来日

高いところから教えを説くのではなく、低いところへ低いところへと自ら身を置く原点

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

「周辺」「周縁」へのまなざし

中島 また、教皇フランシスコの非常に大きな特徴として、非ヨーロッパ出身だということがありますね。生まれ育ったのは南米のアルゼンチンで、両親はイタリアからの移民。ですからご自身は移民2世として、スペイン語を母語に育っています。非ヨーロッパ出身の教皇というのは、カトリックの歴史の中でも非常に珍しいことだと聞きました。

 教皇は、トランプ米大統領がメキシコとの国境に壁を建設しようとした計画を強く批判するなど、移民・難民の問題についても積極的にメッセージを発信されていますが、その背景にはやはりご自身のルーツもあるのではないでしょうか。

山本 著書などの中で教皇がしばしば使われる言葉に「周辺」「周縁」があります。生まれ育ったアルゼンチンという国が、ローマを中心とするキリスト教世界からすれば「周辺」であるという意識が、いわば「周辺」「周縁」に属する人々ともいえる移民、難民へのまなざしにつながっている気がしますね。

 同時に、「周辺」や「周縁」を見つめるということはキリスト教にとって必然であるという意識も、教皇の中には強くあるように思います。もともとキリスト教とは「移住者の神学」であって、旧約聖書でも、神の促しを受けたアブラハムが故郷を捨てて新たな土地へと出立していく場面が物語の原点になっている。そのように、「周辺」へと出かけて新たな人々と出会って積極的に関わっていくことにこそ、キリストの教えの根があるんだと考えておられるのではないでしょうか。

若松 キリスト教は、すべての人間は、神を求め「旅する人」であると考えます。誰もが神を探す旅を生きているというのです。旅人は、移住者であることを宿命とします。事実、晩年のイエスも生地ナザレを出て、エルサレムまでの「旅」を生きていました。教皇は、こうした伝統を踏まえつつ、現代的問題としての移民・難民の問題に積極的に発言をしています。

 右傾化が伝染病のように広がる今の世界では、移民・難民は「見捨てられた人」になりがちです。しかし、教皇は彼らに向かって、どんな人も見捨てられることがあってはならない、と訴えます。教皇の言動には、伝統的かつ時代的な意識が共存しているのです。

中島 キリスト教の、もっとも根っこの部分に戻りつつ、それによって現代の課題に向き合おうとしている、ということですね。

若松 『使徒的勧告 福音の喜び』で教皇は「出向いて行く教会」という印象的な表現を用いています。「使徒的勧告」という言葉は耳慣れないと思いますが、教皇が世界のすべての教会に書き送った書簡のような文章です。

 どこへ「出向いて行く」のか、というと、それはさまざまな意味で、教会との関係を見失った人々のところ、ということなのです。この点においても、今までの多くの教皇との違いをはっきりと感じます。

 これまでも多くの国を訪れたヨハネ・パウロ二世(第264代教皇)のような人物もいました。しかし、現教皇はその交わりをいっそう広く民衆に向かって開いています。彼はおそらく、「自分が教皇となど会えるはずがない」と思っている人にこそ会いに行かなくてはならないと考えている。来日にあたってもおそらく、そうした民衆との出会いを希求しているのだと思います。

 教皇にはさまざまな「顔」があります。「ローマの司教」「イエス・キリストの代理者」あるいは「バチカン市国の元首」というものもある。そのなかに「神のしもべたちのしもべ」という「顔」があります。現教皇は、この点を従来の教皇などに比べても、いっそう強く体現していると思います。高いところから教えを説くのではなく、低いところへ低いところへと自ら身を置こうとする。

 こうした態度は、彼がイエズス会の出身であることから来ているのかもしれません。もともとイエズス会は、創立者の一人であるフランシスコ・ザビエルが日本にやってきたことでも知られるように、世界各地への宣教に力を注いだ修道会でした。遠藤周作の小説『沈黙』で描かれている神父たちは皆、イエズス会士です。はるかヨーロッパから命がけで遠方の地にやってきて、民衆と同じ目線で語り、そのまま土地に骨を埋めた人も少なくなかった。そうした精神が、教皇の中にも受け継がれていると感じるのです。

拡大若松英輔・東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

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筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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