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未来をかけた“戦場”と化した香港で起きている事

香港の将来像を描いたオムニバス映画『十年』を手がけた蔡廉明さんに聞く

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

若者たちを孤立させるわけにはいかない

拡大中国化が進む香港の未来を描いたオムニバス映画『十年』の監督のひとりン・ガーリョン(伍嘉良)さん(写真右)と、「逃亡犯条例」改正の危うさを描いた『砧板上(まな板の上)』を監督したイエ・カールン(葉嘉麟)さん=2019年6月16日、香港・ビクトリア公園(吉岡桂子撮影)
――私も6月のデモでは黒い服を着て、『十年』の監督の一人であるン・ガーリョン(伍嘉良)さんらと一緒に歩きました。「200万人」(主催者発表)の平和的なデモでした。日本でこれほどの規模のデモを見たことはありません。行政長官など自らのトップを普通選挙で選べない香港だからこそ、街に出ることで民意を表現しなければならないという切実な思いを感じました。

 逃亡犯条例は10月に撤回されましたが、市民と政府の衝突はさらに激しさを増しています。現地の友人たちは、「警察に攻撃されやすいから、香港に来るときには黒い服は着るな」と言うようになりました。11月に入って警察が大学に催涙弾を撃ち込み、学生は火炎瓶で応酬しています。

 大学で起きていることには、ほんとうにショックを受けています。若者が心配です。政府の対応は非常に強硬で、大学生の求めをほとんど無視している。道路が封鎖されたり地下鉄がとまったりして、街全体がシャットダウンされたような状況にも陥りました。一方で、たくさんの市民が大学に食糧や水や衣服など生活物資を届けて支援しました。

拡大警察に抗議するため、香港理工大学の近くに集まった市民にも催涙弾が撃ち込まれた=2019年11月18日、香港(冨名腰隆撮影)
 若者がしだいに暴力的になっていくことを、私は理解できます。彼らは火炎瓶やれんがを投げている。中国銀行など大陸の企業や香港政府寄りとみなした店も壊しました。警察の取り締まりを助けていると認定した地下鉄も攻撃した。それは事実です。できることなら、誰もそんな姿は見たくない。ただ、私だけではなく、多くの市民は若者の行動がのぞましいものでなくても、現状では理解はできる、と考えていると思う。

 この数カ月、もっとひどい警察の行為を、私たちは見せられてきました。抗議活動で逮捕されて起訴されれば、10年は刑務所に入っていなくてはならないかもしれない。にもかかわらず、自分の将来を犠牲にしてまで、香港のために何かをしようとしている若者を見放し、孤立させるわけにはいかないでしょう。

――たしかに警察の振る舞いには驚かされます。

 7月に元朗駅で起きた事件は、抗議行動の激化に大きな影響を与えました。白いシャツの集団がデモ帰りの市民を無差別に襲った、あの事件です。近くにいた市民もまきぞえになった。だが、警察は取り締まらず、調査もしなかった。幹部がギャングとぐるになっているからだと、多くの市民は考えています。

 実際、警察も抗議者には過剰な暴力をふるい、拘束している。その数は数千人にのぼるとみられています。香港市民は、警察の中に中国大陸の警察がすでに潜入していると思っている。市民と政府・警察との緊張関係は非常に深い。

「一国二制度」をきちんと運用してほしい

拡大刑事事件の容疑者を香港から中国大陸に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」の改正に反対するデモ。このころは「200万人」(主催者発表)が平和的に街を歩いていた=12019年6月16日、香港(吉岡桂子撮影)

――デモでは、早くから五つの要求が掲げられています。(1)逃亡犯条例改正案の完全撤回、(2)運動にかかわる逮捕者を逮捕・起訴しない、(3)独立調査委員会の設置、(4)抗議行動を暴動としない、(5)行政長官の辞任と普通選挙の実現、です。

 三番目の「独立調査機関の設置」が重要だと思います。こうした機関が、この間、警察がしてきた行為をきちんと調べる。そこに問題があれば、行政長官や警察幹部は責任をとって辞職するべきです。この点を重視する意見は、香港の大学関係者や経済界を含めて多い。五番目の普通選挙の実現がもっとも大事なのは当然ですが、そこに至る道のりは、まだまだ遠いと覚悟しています。

――最終的には、普通選挙を実現し、民主的な香港をつくりたいということですか。

 私を含め、多くの市民は香港の独立までは求めていないと思います。(高度な自治を約束した)「一国二制度」をきちんと運用してほしい。「一国一制度」にしないでほしい、香港基本法の約束を守ってほしい。訴えているのは、そういうことです。

 世界の市場で自由に取引ができる香港ドルを擁する香港は、国際金融都市として中国経済に重要な位置を占めている。これがなければ、中国はもっとあからさまに約束を破り、一制度を押し付けていたでしょう。香港市民の間には、そんな恐怖感があります。

 だって、香港のトップである行政長官が、自らの進退を自分で決められず、中国共産党の意向に従わざるをえないのですよ。これは、個人の資質の問題というより、全体の制度からくるものです。ただ、行政長官に対する極端に低い支持率にくわえて、安全を守るはずの警察権力が信頼を市民から失い、香港政府は今後、どうやって統治してくつもりなのでしょうか。とりわけ、未来を担う若者たちに警察への不信をここまで植えつけてしまった罪は大きい。

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筆者

吉岡桂子

吉岡桂子(よしおか・けいこ) 朝日新聞編集委員

1964年生まれ。1989年に朝日新聞に入社。上海、北京特派員などを経て、2017年6月からアジア総局(バンコク)駐在。毎週木曜日朝刊のザ・コラムの筆者の一人。中国や日中関係について、様々な視座からウォッチ。現場や対話を大事に、ときに道草もしながら、テーマを追いかけます。鉄道を筆頭に、乗り物が好き。バンコクに赴任する際も、北京~ハノイは鉄路で行きました。近著に『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(https://www.amazon.co.jp/dp/4093897719)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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