メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

GSOMIA継続は一時凌ぎ。韓国が目指すのは…

予想外だった破棄の「停止」。武器調達の面から浮かび上がる対米自立の路線

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

GSOMIAの延長通告を受け、質問に答える安倍晋三首相=2019年11月22日、首相官邸

 韓国による日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長は、まさに急転直下の土壇場での大どんでん返しとなった。ただし、今回の決定は、日韓関係の最悪事態を避ける当座凌(しの)ぎの時間稼ぎの策だ。すべては、最大の懸案である元徴用工問題をめぐって、日韓で折り合いがつけられるかにかかってくる。

 また、安全保障をめぐっては、今回の騒動で米韓の間に不信感と亀裂が残り、尾を引く可能性が高い。文在寅(ムンジェイン)政権は自国の防衛産業の強化とアメリカ以外の武器調達国の拡大によって、対米依存度を減らす方向にすでに舵(かじ)を切っており、アメリカ離れの流れは今後も止まりそうにない。

意外感があったGSOMIA継続

 今回の韓国のGSOMIA継続は、筆者を含め、大方のジャーナリストや外交関係者、学者らが「GSOMIA延長はなし」と予想していただけに意外感があった。

 そう予想したのも無理はない。アメリカは今月に入り、国務省のディハート首席代表やクラーク国務次官、スティルウェル国務次官補、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長、さらにはエスパー国防長官ら高官を次々とソウルに派遣し、協定延長を強く求めていた。それにもかかわらず、文大統領は15日のエスパー国防長官との会談で、「安全保障上の理由で輸出規制を強化した日本との軍事情報共有は難しい」と述べていたからだ。

背景にトランプ政権の最大限の圧力

 韓国の方針転換の背景にいったい何があったのか。詳細は今後徐々に明らかになっていくと思われるが、11月23日午前0時にGSOMIAの失効が迫るなか、トランプ政権が文政権に最大限の圧力をかけたのは間違いない。特に、韓国大統領府(青瓦台)の金鉉宗(キムヒョンジョン)国家安保室第2次長が11月18日からワシントンを2泊3日間で訪問、ポッティンジャー国家安全保障担当大統領副補佐官らとGSOMIAへの対応について協議したのが注目される。

 金氏は、国防力強化で韓国の自立を掲げる「民族・自主派」の一人で青瓦台の中でも影響力が強く、8月のGSOMIA破棄決定でも大きな役割をはたしたとみられている。米韓FTA交渉の責任者などを務めたタフネゴシエーターでもあり、日米といった大国への対抗意識が強いことで知られている。

 いわば韓国の民族派切り込み隊長とも言える金氏が、直近の訪米中にアメリカ政府高官からGSOMIA延長に向けて、あらためて強くネジを巻かれたと筆者はみている。金氏は帰国後の21日に開催された国家安全保障会議(NSC)常任委員会で訪米の結果を説明した。その中で、GSOMIA延長を求めるアメリカの厳しい姿勢を伝えたのだろう。

 この間、文政権に批判的な韓国の「朝鮮日報」は21日、トランプ政権から文政権への脅しとも取れる強烈な報道をした。米韓防衛費分担金特別協定(SMA)に向けた交渉で、アメリカはこれまでの5倍に相当する防衛費負担を韓国に求めているが、韓国がこれに応じない場合に備え、朝鮮有事の際、地上戦に投入される在韓米軍主力部隊の一個旅団約4500人を、トランプ政権が撤収する方向で検討を行っていると伝えたのだ。

 アメリカ国防総省は同日、この在韓米軍一部撤退の朝鮮日報の報道を否定したが、火のないところに煙は立たない。文政権にとっては、かなりの圧力になったはずだ。

日韓のメンツを立てる「玉虫色」決着

GSOMIA問題で開かれた日米韓防衛相会談を前に手をつなぐ(左から)韓国の鄭景斗国防相、米国のエスパー国防長官、河野太郎防衛相=2018年11月17日、バンコク

 今回の韓国のGSOMIA延長は、日韓両国のメンツを立てる「玉虫色」の決着ともなった。

 韓国側は、日本の輸出規制をめぐり、「日本から局長級対話再開という譲歩を引き出せた」と国内向けに主張できる。実際、康京和(カンギョンファ)外相は22日、「目標である輸出規制措置の撤回のための土台ができた」と述べた。

 かたや日本側は「韓国の世界貿易機関(WTO)提訴手続きの停止とGSOMIA延期で、韓国が折れた。日本は何も譲歩していない」と主張できる。筆者はアメリカの圧力を受け、韓国が実質上かなりの譲歩をしたとみるが、両国政府が国内向けに都合よく解釈し、説明できるという意味では、見事な合意だった。

 いずれにせよ、北朝鮮の核ミサイル戦力増強や、世界初公開の極超音速滑空ミサイルDF(東風)17に象徴される中国の急激な軍事的台頭を踏まえれば、日韓、そして日米韓が防衛協力のパイプをできるだけ太く維持しておくことは必要不可欠だ。

 日韓の外交交渉の「勝った、負けた」の話ではなく、東アジア全体の厳しい安全保障を大局的に考えることが肝要だろう。さもなくば本当の勝者はいずれ中朝ロになりかねない。

変わらない韓国の対米自立路線

RCEP首脳会合に出席した韓国の文在寅大統領=2019年11月4日、バンコク近郊
 文政権は今回のGSOMIA延長問題で、最終的にアメリカの要求に屈した。とはいえ、中長期的にみれば、対米自立やアメリカ離れは変わらないとみられる。

 そもそも文政権は、「南北融和」や「民族愛」を自らの政策の「一丁目一番地」として重視し、政権発足時から一貫して北朝鮮に融和姿勢をみせている。そして、韓国の歴代政権と比べてより強く、アメリカから距離を置く対米依存脱却の路線を貫いている。

 親北路線の文政権にすれば、アメリカにべったりし、北朝鮮や中国、ロシアを敵対視する姿勢は、朝鮮半島の緊張緩和を妨げ、冷静時代同様に南北分断を固定するものとして邪魔に映っているのではないか。

 こうした文政権の対米自立の方針は、とりわけ武器調達の面で近年、極めて顕著になっている。韓国は日本と違い、官民あげて武器兵器の自国生産を推進したり、その購入先の国をアメリカ一辺倒ではなく分散させたりしている。筆者が東京特派員を務めるイギリスの軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」の日々の報道でも、このところ韓国の武器輸出のニュースがぐっと増えてきている。

・・・ログインして読む
(残り:約1850文字/本文:約4326文字)