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金大中も盧武鉉も文在寅もカトリック信者!

大統領の宗教~韓国現代政治史とキリスト教

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

青瓦台(その後の大統領府の名称)の長老たち

 その後、1960年に4.19革命で李承晩政権が崩壊し、民主党政権が成立した。

 当時は内閣責任制であったが、この政治システムの中で、第4代大統領尹潽善(ユン・ボソン、1897-1990)はプロテスタントのクリスチャンであり、実権を持つ内閣総理の張勉(チャン・ミョン、1899-1966)はカトリックのクリスチャンであった。短い時期ではあったが、プロテスタントとカトリックの連携が見られることとなった。

 しかし、1年もしないうちに、この内閣は1961年の5.16軍事クーデターで崩壊してしまった。

 1990年代に入ると再び「クリスチャン大統領時代」が到来することとなる。第14代大統領の金泳三(キム・ヨンサム、1927-2015)は、プロテスタントのクリスチャンで長老教会所属であった。民主化闘争の経歴がある彼は、韓国のプロテスタント指導者たちと広く交遊し、キリスト教の政治的支援を受けることとなった。彼に対しては、政治的にはいくつかの批判もあったが、軍事政権を実質的に終結させたという貢献もあったといっていいだろう。

 一方、2000年代の第17代大統領の李明博(イ・ミョンバク、1942-)も長老会所属のプロテスタント信徒であった。彼は大統領就任以前のソウル特別市長在職時から、キリスト教を偏重する言辞で多くの人々を翻弄させた。

 特に彼の大統領就任後の内閣と秘書陣の人事の特徴は、「高・所・嶺」であるという噂が出回るほどであった。つまり、これは彼の出身大学である高麗大学、所属教会の「所望長老教会」、出身地である嶺南地域出身者から多数抜擢されるという俗説である。この頃、キリスト教保守主流派の政治関与がさらに濃厚となった。

「国家朝餐祈祷会」と朴正煕、全斗煥

 一方、第5-9代大統領を務めた朴正煕(パク・チョンヒ、1917-1979)、第11-12代全斗煥(チョン・ドファン、1931-)、第13代盧泰愚(ノ・テウ、1932-)などが執権した1960-80年代が軍事政権時代である。

 (長期軍事独裁政権の朴正煕は、儒教的徳目を重視した教育憲章を掲げはしたが)彼らは、総じて特定の宗教を標榜していないか、あえていえば仏教に傾斜した人々だ。特に、全斗煥の場合は、大統領退任後、複数の政治的責任が明らかになる過程で、江原道の仏教寺院である「白潭寺」に逃げ込み、隠遁生活を送ったことでしられている。

 しかし、これらの軍事政権時代には、特に韓国の保守本流のキリスト教は、彼らを民族の指導者、神意による政治指導者と褒め称え支持したのであった。

 その代表的なセレモニーが「国家朝餐祈祷会」というものであった。この祈祷会は朴正煕軍事政権の時代から始まり、全斗煥新軍事政権下に絶頂を迎えたが、プロテスタントの多数のクリスチャンが信仰的にこれを支持しなければならないという誤った考えかたが蔓延したのである。

拡大国家朝餐祈祷会(朴正煕時代)=筆者の講義資料より
拡大国家朝餐祈祷会(全斗煥時代)= 筆者の講義資料より

 それにも拘わらず、同時代の少数のプロテスタント指導者と進歩的知識人は、カトリックと連合し、命をかけて民主化闘争を展開し、軍事政権に対抗する運動を継続したのである。

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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

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