「安定的皇位継承」の議論先送りは許されない
2019年11月28日
先月、今月と厳かに挙行された即位の礼及び大嘗祭の儀、さらにはその後の祝賀御列の儀(パレード)を通じて、天皇皇后両陛下に対する国民の尊敬及び親愛の情は大いに高まり、我が国における象徴天皇制の重要性は、国民一般の強く認識するところとなったと確信する。そこでこれから重要なことは、この象徴天皇制を如何にして安定的に継承するかである。
現在の皇室典範に基づくと、天皇陛下より若い皇位継承資格者は、秋篠宮さまと悠仁さまの2名のみであり、今後これが増える可能性は悠仁さまの直系以外にはない。これは皇室の存亡にかかわる問題であるので、一昨年の天皇退位に関する皇室典範特例法制定に当たり、「安定的な皇位継承の諸課題は先延ばしできない課題であるので、政府は速やかにこの検討を行って国会に報告すること」との付帯決議が採択された。
この議論は遅くとも一連の祝賀行事の終了後に直ちに開始されるものと想像されていたが、伝えられるところによると、政府はこれを延期して、秋篠宮さまの皇位継承順位を内外に知らせる来年4月中旬すぎの「立皇嗣の礼」以降にするとの意向のようである。
ここ10年以上にわたっての各種世論調査によると国民の7割以上の支持を得ている「女性天皇・女系天皇容認論」の沈静化を待つ態度とも受け取れる極めて恣意的な対応であり、象徴天皇制の安定的継承という日本国にとっての最重要課題の一つに取り組む責任を回避しているといわれても仕方がない。
政府内には、悠仁さまが成人され、ご結婚されるまでまだ10年以上の時間があると思われるので、いま急いで安定的な皇位継承策を検討する必要はないとの意見もあると仄聞するが、皇位につくためには相応のご覚悟が必要であり、また帝王学も身に就ける必要があるので、安定的皇位継承に資するあらゆるオプションをしっかりと検討の上、継承順位を速やかに確定すべきものと考える。
安倍首相は今国会における代表質問において、「安定的な皇位継承は国家の基本にかかわる極めて重要な課題であり、男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを踏まえ、慎重かつ丁寧に検討を行う必要がある」旨の答弁を行った。
確かに男系継承はこれまでの伝統であるが、歴史的事実を見ると、過去に8名の女性天皇が実存し、また女系天皇はいないものの、江戸時代以降の約400年の間に即位した19名の天皇のうち、嫡出の天皇は、明生、昭和、現在の上皇、現在の天皇の4名のみであり、それ以外の15名の天皇はすべて側室から誕生している。現在の皇室典範上は非嫡出子は皇族となれず、また一般的にも少子化が進む日本の現状に鑑みると、今後、皇位継承資格のある皇族が産まれるか否かも定かではない。
また唯一の未婚の継承資格者である悠仁さまと将来結婚される方にとって、男子を産まねばならないというプレッシャーが高まることは、想像に難くない。
皇位継承者は男系男子に限るという皇室典範の規定は、明治22年に制定された大日本帝国憲法と同時に立法化されたものであるが、当時の日本社会における女性の地位は圧倒的に低く、相続権も参政権もなかった。このような背景で生まれた皇位継承の「伝統」が、男女平等と男女の共同参画を社会の重要原則の一つとして掲げる今日の日本において、果たして正当な存在理由を有するのであろうか?
一方、眼を海外に向けると、ベルギー、オランダ、スウェーデンなどの欧州のすべての王国において、1980年ごろ以降は、それまで男子のみ、或は兄弟姉妹間では男子優先であった王位継承権が、男女平等に変更された。英国は17世紀のイングランド王ジェームズ1世以来、王位継承に男女の区別はない。タイにおいても、1974年の憲法改正により女子の王位継承が認められた。
以上総合すると、21世紀の現在、皇位継承を男子にしか認めていない国は、一般社会において男女差別が種々の形で残存する中近東の王国以外は日本のみと考えられる。
皇位継承資格者の皇族数が目に見えるように減少し始めたことを受けて、2004年に小泉内閣において、「皇室典範に関する会議」が設けられ、皇位の安定継承を維持するために必要な検討が行われた。
翌年11月にその報告書が提出されたが、その主な内容は、①女性天皇・女系天皇を認める、②皇位継承順位は、男女を問わず長子を優先する、③女性皇族は婚姻後も皇族の身分にとどまる(即ち女性宮家の設立を認める)、との諸点の提言である。
この会議は、皇位の安定的な継承を維持するための方策として、1947年に皇籍を離れた旧皇族の皇籍復帰の可能性も検討した。しかし、その時点で既に60年近くを一般国民として過ごし、また現天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋であることを考えると、国民の多くがこれらの人々を皇位継承資格者の皇族として受け入れるかとの懸念が示されて、この案は提言に含まれなかった。
小泉首相はこの有識者会議の提言を基に皇室典範の改正案を策定して、国会に提出する準備を進めていたが、2006年2月初めに秋篠宮妃の紀子さまのご懐妊が発表されたことを契機に政府は慎重な対応に転じた。そして同年9月の悠仁さまの誕生により、小泉首相は皇室典範改正法案の国会提出は見合わせる旨を明言した。
2012年には野田内閣が女性宮家創設の論点整理をまとめたが、その後の安倍内閣は、女性宮家の創設は女性・女系天皇につながる恐れが強いとして、この点についても慎重な姿勢を貫いている。
2005年の有識者会議報告では、「古来続いてきた男系継承の重さや伝統に対する国民の様々な思いを認識しつつも、我が国の将来を考えると、皇位の安定的な継承維持のためには、女性天皇・女系天皇への道を開くことが不可欠」と結論付けている。
皇位の安定的な継承のためには、近い将来に皇族の数を増加させることが必須であることについては国民世論のほぼ一致するところである。しかしそのために70年以上前に皇籍を離れた旧宮家の方々を皇籍復帰させるという考えは国民感情に照らしてあまりにも無理があると判断されるので、残された有効な方策は、女性天皇・女系天皇を認めることしかないとの有識者会議報告について、私は全面的に同意する。
最近の世論調査を見ても、既に悠仁さまが秋篠宮さまに続いて、皇位継承第2順位となっているにもかかわらず、7割以上という圧倒的多数の国民が、女性天皇・女系天皇を容認している。王位継承に関する世界の王室の趨勢を見るまでもなく、日本国内においても、ほぼすべての事柄について男女同権、男女共同参画が当たり前となっている今日、国の象徴の継承という最も基本的な事項について「男女差別」が存続することは、多くの国民にとって理解に苦しむことである。
なお安定的な皇位継承に向けての第一歩として、まず「女性宮家の創設」を主張する意見もあるが、これは女性・女系天皇容認の前提であり、いずれそこに進むのであれば、議論を2段階に分けることの意味はほとんど認められない。
現在の皇室典範に基づく皇位継承順位は、①秋篠宮さま、②悠仁さま、③常陸宮さまであるが、有識者会議の提言に従うと、①愛子さま、②秋篠宮さま、③眞子さま、④佳子さま、⑤悠仁さま、⑥常陸宮さまの順位になる。しかし実際上の国民感情も踏まえると、以下の2点が問題となる可能性があると考えられる。
(1) 現在の皇室典範上決まっている①秋篠宮さま②悠仁さまの上位2名の前に愛子さまの順位が入ることは、皇室典範という一つの法律の改正により、既に決まっている皇位継承順位という極めて重い現実を変更することになるが、この選択を国民が行うことはその意図するところであろうか。
(2) 現在第2順位の悠仁さまが5番目となって、眞子さま、佳子さまより後の順位となるが、これは国民の望むところであろうか。(将来愛子さまが天皇になられた後に、万が一お子様ができない場合には、次の天皇は眞子さまになる)
私は個人的には、以上の2点とも大きな問題とは感じていないが、これに疑問を感じる人も少なからずおられると思うので、国民レベルで大いに議論することが必要であろう。
この点に関して、安倍首相にも近いとされる自民党の甘利税制調査会長が、先日のテレビ番組において、「男系を中心に順位をつけておく。最終的な選択肢としては女系も容認すべきだ」と発言した旨報道されているが、これは注目に値する。
前記の有識者会議の提言は、皇位継承上の伝統という永年の殻を破る大いに勇気ある内容と考えるが、実際の皇位継承順位に当てはめると、国民感情と完全にはそぐわない面も否定できない。特に、上記①に示した誰もが認識している皇位継承順位を途中で変更することへの感情的な抵抗は小さくない。しかし、それを避けるために、制度上に「男系中心」という切り口を残すことは、折角、女性・女系天皇を容認することの合理性を希薄化することにもなりかねない。
そこで、上記①と②の問題点をカバーする一つの案として考えられるのは、「既に現在、皇室典範により決まっていて国民に周知されている皇位継承順位は変更せず、皇室典範の改正によって生じる新たな皇位継承資格者は、その後に続く順位とする」との趣旨を明示することである。
この案に従うと、実際の皇位継承順位は、
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