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日韓を比較することに疲れた私

旦那は在日コリアン、私は日韓ダブル、そして子どもたちは二重国籍…

藏重優姫 韓国舞踊講師、日本語講師

人間が便宜上勝手に作りだした「範疇」

 範疇と境界は常に葛藤関係にあるんじゃないかと思う。範疇化する条件を何に絞るのか、線引きをどこにするのかがいつもややこしい問題だ。

 この範疇と境界の問題を「民族」に置き換えて考えると、日韓のダブルで生まれた私は、日本人でも韓国人のどちらでもなかったり、どちらでもあったりするのが日常茶飯事だ(『日本人よ、韓国人よ、在日コリアンよ、私は私だ!』参照)。

 境界人と銘打っても、その境界があやふやで信じるに値しないことは、身をもって経験している。

 だから、昨今、公にも出てきているLGBTに関しても、一般的に区切られている「男と女」の性別が、その区切り自体があやふやなもので、危ういものだということもすぐ納得できる。

 また一言で、LGBT、ジェンダーと言っても、これまた人それぞれ違い一括りできないものだ。その人その人を把握する必要がある。

 所詮、範疇化なんぞ、人間が便宜上勝手に作り出したものなのだから、そもそもそこを絶対視すること自体バカげているのだ。

在日コリアンになれない我が子

 うちの家庭には、韓国籍の在日コリアンの「ダンナ」と、日韓ダブルの日本籍の私、そして日本と韓国の二重国籍の子どもが二人いる。

 一般的な日本や韓国の家庭から見ると、この四人の境遇は一緒くたにされてしまうが、私たち両親はそれぞれの違いをはっきり認識している。

 まず国籍の違いは、制度上や権利の違いをもたらす。私にとって韓国にある日本領事館にはパスポートや行政的手続きなどで馴染みがあるが、ダンナは行く必要すらないので、その存在自体関係がない。どこにあるかもはっきり知らない。

 子どもは、日本籍か韓国籍かいずれ国籍を一つに選択しなければならないらしく、きっと将来選択する時には悩むだろう。生まれた時にダンナの戸籍に入っていれば、韓国籍でありながら政治参与以外は日本人と同じ権利のある在日コリアンとなったのであるが、うちの場合、色々な諸事情でいずれ国籍のどちらかを捨てなければならない。つまり、うちの子どもは在日コリアンにはなれないのである。

拡大karakotsya/Shutterstock.com

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筆者

藏重優姫

藏重優姫(くらしげ・うひ) 韓国舞踊講師、日本語講師

日本人の父と在日コリアン2世の間に生まれる。3歳からバレエ、10歳から韓国舞踊を始め、現在は韓国にて「多文化家庭」の子どもを中心に韓国舞踊を教えている。大阪教育大学在学中、韓国舞踊にさらに没頭し、韓国留学を決意する。政府招請奨学生としてソウル大学教育学部修士課程にて教育人類学を専攻する傍ら、韓国で舞台活動を行う。現在、韓国在住。日々の生活は、二児の子育て、日本語講師、多文化家庭バドミントンクラブの雑用係、韓国舞踊の先生と、キリキリ舞いの生活である。

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