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「ベルリンの壁崩壊30年」が物語るもの

花田吉隆 元防衛大学校教授

拡大ベルリンの壁崩壊から30年を記念し、市中心部の広場にあるビルの壁に、当時の民主化運動などの映像が効果音とともに映し出された=2019年11月4日、ベルリン、野島淳撮影

 ベルリンの壁は崩壊した。しかし人々の心の壁は残る。

 モノの撤去は容易だ。いかにそれが異質の体制により構築され、権力により維持されていようと、一度崩れ去れば跡形もなく消滅する。人々の心に残るわだかまりはそうはいかない。

旧東独地域で極右政党が台頭

 ベルリンの壁が1989年に崩壊しこの11月9日で30年になった。あの崩壊は何だったのか、ドイツで盛んに議論が戦わされる。他でもない、旧東独地域で極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の台頭が著しいからだ。この30年の統合に向けた努力は無駄だったのか。

 先に旧東独三州で地方選挙があった。ザクセン、ブランデンブルク、チューリンゲンの各州だ。焦点は、与党キリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)の帰趨だった。それぞれザクセン州、ブランデンブルク州で政権を握る。両党は大敗し政権維持どころでなくなるのでないか、と見られていた。そうなると両党で責任問題が噴出する。その意味するところは両党による大連立の解消だ。特に、社会民主党内で選挙の敗北を受け連立維持派が後退、代わって、離脱派が主導権を握り大連立が崩壊する、との見立てだった。

 実際は、ザクセン州(キリスト教民主同盟、4.7ポイント減の32.1%で第一党)とブランデンブルク州(社会民主党、5.7ポイント減の26.2%で第一党)で二大政党が辛勝した。他方、チューリンゲン州では、キリスト教民主同盟が敗れ極左、左派党が初めて州選挙で第一党となったが、ここはこれまでも左派党、社会民主党、緑の党による連立政権だったから、キリスト教民主同盟が第二党に後退しても大きな問題にならなかった。3州の選挙を経て、両党内で大連立が取り立てて議論になることはなかった(その後、11月30日、社会民主党党首を選出する党員大会にて、連立維持派のオーラフ・ショルツ財務相のペアが連立離脱派のノルベルト・ヴァルターボルヤンス、元ノルトライン・ヴェストファーレン州財務相のペアに敗れ改めて大連立の帰趨が注目されることになった)。

 では、この3つの地方選挙の意味するところは何だったか。極右「ドイツのための選択肢」(AfD)の躍進だ。同党はこの3州のいずれにおいても得票率を前回から二ケタ増の2割超とし第二党に躍進した。ザクセン州(17.8ポイント増の27.5%)ブランデンブルク州(11.3ポイント増の23.5%)、チューリンゲン州(12.8ポイント増の23.4%)と、まさに旧東独地域を席巻する勢いだ。

 2017年総選挙が終わった時、AfDの躍進に人々の注目が集まったが、なかんずく、それが旧東独地域でひときわ輝かしい成果を収めたことが人々の注意を引いた。今回の3つの州選挙の結果は、2017年の流れが一過性でないことを裏書きする。

 AfDは反難民を掲げる極右政党だ。2015年の難民危機に乗じ2017年の選挙で大きく躍進した。しかし何とも奇妙なのは、難民は特に旧東独地域に流れ込んだわけではない。難民の影響は、むしろ南部バイエルン州などの方が著しいのだ。それにもかかわらず極右人気が旧東独地域に破竹の勢いで広がる。つまり、旧東独地域において人々は難民の恐怖を日々肌身に感じているというわけではない。では、人々はなぜこうも雪崩を打ってまでしてAfDに投票するのか。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

1953年生まれ。在スイス大使館公使、在フランクフルト総領事、在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、現在、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」(創成社)「スイスが問う明日の日本」(刀水書房)等。

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