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香港と中国本土との間の根本的な価値観の違いとは

「自由」か「平和」か。香港デモをめぐって相互に不信を募らせる香港市民と深圳市民

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

瓶や缶、靴、傘などが散乱した香港理工大学の構内=2019年11月28日( 高橋浩祐撮影 )

 焼け焦げたヘルメットや瓶、缶、靴、下着、傘、さらに散乱するガラスの破片――。

 11月中、香港デモの拠点となり、世界中のメディアで取り上げられた香港理工大学の現場を11月28日に訪れた。ありとあらゆるものが丸焦げになり、四方八方に散らばっていた。鼻を突く油の臭いと、焦げ臭い空気が周囲に漂う。デモ隊と香港警察がもろに衝突した正門付近には、バリケード代わりに椅子や机が山積みになっていた。

 正門前の道路ではちょうど、損傷が目立つアスファルト舗装の工事も始まっていた。すべてがデモ隊と香港警察の衝突の激しさを物語っていた。

 近くで取材していた日本メディアの新聞記者は「まるで戦場のようだ」ともらした。その傍らで、私はなぜか1995年1月に起きた阪神・淡路大震災の後、現地取材に入った神戸市長田区を思い出していた。

 長田区は建物の倒壊と火災によって多くの犠牲者を出した被災地。がれきだらけの光景を鮮明に覚えている。ただ、大きく違う点もあった。それは、香港理工大学には戦闘用の火炎瓶やエタノール容器、ガスボンベが多数見られたことだ。

裏口を通って香港理工大学に侵入

⾹港理⼯⼤学の構内に置き去りにされた火炎瓶= 2019年11⽉28⽇( 高橋浩祐撮影 )
 香港理工大学一帯には、立入禁止の規制テープが張り巡らされていた。日本から突然、取材にやって来た私が中に入ろうとすると、まだ20歳前後とみられる可愛らしい女性警察官から「You cannot go!」ときっぱりと注意された。

 この女性警官は重装備をし、付近を警戒中だった。だが、帰国日時が迫っており、どうしても同大の中に入って取材をしたかった私は、隣接するオフィスビルの駐車場とその裏口を通って同大に侵入。途中、大柄な男性警察官に見つかってしまい、一瞬ハッとしたが、「日本からのジャーナリストだ」と身分証明書を見せて説明すると、なぜか「Be careful!」(注意して!)と言って通行を見過ごしてくれた。

 意外に優しい。

「法を犯しているかどうかが重要」

 同大に入り、取材を始めると、私と違い、香港警察に正式に登録して許可を受けた現地メディアも取材をしていた。彼らと一緒になった私は、近くにいたメディア担当の若い女性警察官に今、一番聞きたいことをずばり聞いてみた。

 「学生のデモ隊も、ここにいる警察官も、同じ香港の若者たちだ。両者が激しく衝突しているのを日本から見ていて、私は心がとても痛む」と英語で語りかけた。

 女性警察官の答えが印象的だった。

 「あなたはそのように言えるかもしれない。しかし、香港警察としては、法を犯しているかどうかがすべてだ。法を犯していれば、私たちは取り締まるのみだ」

 確かに、それは警察の基本姿勢としては理解できる。だが、警察側にもデモ隊へのオーバーリアクション(過剰反応)はなかったか。

「香港警察は敵」「彼らは野獣」

⾹港理⼯⼤学の構内の壁には「Fight for freedom 光復香港」と落書きされていた=2019年11月28日( 高橋浩祐撮影 )

 移動には、貸し切りのタクシー2台を使ったが、一人目の28歳の香港人男性ドライバーは、「香港警察は敵だ」「彼らは野獣だ」などと終始、警察に対しての憤りを私にぶつけていた。

 理由を尋ねると、自宅や勤務地付近を徒歩で通行中、警察が催涙ガスを放ち、自らも被害を受けたことからだという。

 「警察は一般市民を攻撃すべきではない」としきりに力説していた。

 香港で24日に行われ、投票率が過去最高の71%に達した区議会選挙に投票に行ったかどうかを尋ねると、このドライバーは仕事がとても忙しく、投票に行けなかったと述べた。政治への不満が強くあるものの、仕事優先で投票に行きたくとも行けなかった無念さを隠しきれずにいた。

 二人目のタクシードライバーは33歳の香港人男性。彼も「デモを支持する」と明確に述べていた。

 「中国には自由がないが、香港には自由がある」「香港人は中国が嫌いだ。なぜなら、中国には自由がないからだ」などと、中国本土への批判を繰り返していた。

 ドライバーは二人とも、香港が中国と違う点を多数強調し、距離を置こうとしていた。とりわけ一人目のドライバーは、「中国本土の女性とは絶対に結婚しない。結婚時に持ち家を条件にするなど、価値観が合わない」とも語っていた。取材を通じ、香港市民の中国人への厳しい視線をひしひしと感じた。

深圳の有識者の反応は……

 今回の取材では、香港のほか、隣接する中国広東省深圳市にも足を運んだ。中国本土の良識派の知人に、香港情勢をどう見ているのか、じっくり話を聞いてみたかったからだ。中国のシンクタンク、深圳市馬洪経済研究発展基金会とCDI(China Development Institute)の理事長や研究員、中国の軍事専門家、日本専門家、証券会社社員らと、香港情勢や日中関係、中国の軍事開発をめぐり、3日間にわたって意見交換した。

 議論は、「チャタムハウスルール」(参加者は会議中に得た情報を外部で自由に引用・公開することができるが、その発言者を特定する情報は伏せなければならない)に従って行われたので、発言者名を具体的に示すことはできないが、深圳にいる中国人有識者の主な意見は以下の通りだった。

 「香港の区議会選挙では、民主派が8割を超える議席を獲得したが、民主派と親中派の得票比率は3対2で接近していた」

 「香港は元イギリスの植民地。政治、経済、教育、法律の面で中国本土とズレがある。香港はこれまで優遇されすぎていた」

 「中国本土と香港は『一国二制度』だが、香港人は『一つの中国』に対する認識が欠けている」

 「日本も韓国も国家として国民教育を実施している。中国も香港に対し、それを行おうとするのは当然だ」

 「香港は貧富の差が大きい格差社会。土地価格も上昇している。香港の若者をデモに駆り立てているのは、そうした生活経済面での将来不安も大きいはず」

 「香港は、アメリカにとって戦略的な切り札になっている。今回のデモでもアメリカの工作員が動いている」

 「香港デモは当初、顔色革命(=21世紀初期に見られる平和的・非暴力的な方法による反政府運動)だったが、エスカレートした。中国の発展を抑制しようとするアメリカの戦略がある」

 「香港人は中国人を蔑視している」

 総じて、香港デモには批判的な意見が目立った。香港市民と深圳市民の間には、香港デモをめぐり、不信感が高まっているようだった。

中国本土と“西側”との間の価値観の違い

焼け焦げたパイプ椅子や傘、空き瓶などが散乱した⾹港理⼯⼤学の構内 = 2019年11⽉28⽇( 高橋浩祐撮影 )
 最後に、中国本土と、アメリカや香港など“西側諸国”との間にある根本的な価値観の違いについて指摘したい。

 「平和」と「自由」のどちらが重要だろうかと問われれば、あなたはどちらを選択するだろうか。

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