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VPNでわかるインターネット規制の現状

規制強化VS匿名性の確保

塩原俊彦 高知大学准教授

各国政府の言論規制がVPN利用を促した

 インターネットを介した複数の拠点間で暗号化データを加工して通信を行い、通信データの改竄などを抑えながら通信を行うヴァーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)の権威ある専門家、サイモン・ミグリアノは2019年11月、2019 Global Mobile VPN Reportを公表した。

 VPNは、①政府の検閲用ファイアウォールを回避できる、②接続中は自分の IP アドレスを隠すことができる、③ネットワーク上での通信盗聴を防止できる――という特徴をもつ。ゆえに、このVPNの利用状況をみれば、各国におけるインターネット規制の現状と、それに対する各国国民の対処の姿勢がわかる。

Jirsak/Shutterstock.com

 報告によると、2018年10月から12カ月間でダウンロードされたモバイルVPNアプリは世界73カ国で4億8010万回を数える。国別では、インドネシアが7550万回ともっとも多く、米国(7460万回)、インド(5700万回)、アラブ首長国連邦(3060万回)、ブラジル(2350万回)の順となっている。サウジアラビア(1990万回)、トルコ(1640万回)がついで多く、8番目に英国(1400万回)、9番目にロシア(1090万回)が登場する。日本はわずか250万回にとどまっている。

 これは、人口が日本より少ない韓国(580万回)やドイツ(530万回)の半分以下にすぎない。それだけ、個人情報の保護に無頓着な日本人が多いと言えるかもしれない。なお、中国は、2017年10月に国務院情報部が出したインターネット非匿名化のルールによってVPNが原則利用できなくなっているため、報告には数字があがっていない。

 ダウンロード回数の伸び率に注目すると、インドが5倍強、ヨルダンが5倍弱、カザフスタンが3倍強に増えている。ついで、アルジェリアが3.05倍、ベトナムが2.4倍、インドネシアが2.22倍、ナイジェリアが2.07倍、エジプトが1.95倍、シンガポールが1.83倍に増加した。

 インドでは2018年10月から12月に、主としてすべてのインターネットサービス供給事業者(ISP)をねらったインターネットのサイト遮断が134回も行われたことや、2019年10月に827のアダルトサイトの禁止が実施されたことがモバイルVPN急増の背景にある。

 ベトナムやサウジアラビアでは、当局がオンライン情報を検閲することを許可し、ISPが利用者の情報を当局に渡すことや好ましくないサイトを除去することを義務づけた法律が2019年に制定された。エジプト当局は、「ヴォイド」(無効)と呼ばれる反政府運動へ接続された3万4000ものサイトを遮断するために2018年制定のサイバー犯罪法を利用した。シンガポールでは、オンライン虚偽・操作法が2019年10月に施行された。こうした各国政府による言論規制がVPN利用を促したことになる。

VPN Gateからわかること

ノーヴァヤガゼータのサイト

 筆者はモバイルVPNではなく、パソコン上で「VPN Gate 学術実験プロジェクト」を利用している。これは、筑波大学における学術的な研究を目的として実施されているオンラインサービスだ。簡単に無償でVPNを利用できるから、ぜひともできるだけ多くの学生などに利用してほしい。

 筆者はロシア語で書かれたロシア語文献にアクセスする機会が多い。そこで気づくのは、ロシアのサイトにアクセスしようとしても、ほとんどすべての場合に「ページ読み込みエラー」となり、「安全な接続ができませんでした」と表示されることである。つまり、何かよからぬ監視の目が働いていることになる。

 興味深いのは、反政府の気骨ある新聞で知られる「ノーヴァヤガゼータ」のサイトについては、VPNでアクセス可能なことである。「ヴェードモスチ」や「コメルサント」といった有力なマスメディアにアクセスしようとしても、VPNではアクセスそのものができない。VPNを使って、朝日新聞や読売新聞へのアクセスが簡単にできるのと比べると、ロシアのマスメディアは明らかに当局による厳しい「圧力」にさらされているように思える。

 筆者が使用する複数のコンピューターのなかには、ウェブカメラ使用の遮断がときどき表示されるものがある。カスペルスキー・セキュリティが教えてくれるのだが、このコンピューターは2016年2月20日に国家保安委員会(KGB)の後継機関、連邦保安局(FSB)の職員によって筆者がモスクワで拘束された際、2、3時間、ロシア側に没収されていたコンピューターなので何かが仕掛けられている可能性がある。手元に戻ってからすぐに再設定をした。しかし、FSBに目をつけられた以上、筆者のコンピューターがねらわれている懸念はいまでもつづいている。だからこそ、VPNに関心があるわけだ。

匿名性への配慮を

 すでに指摘したように、日本人のVPNへの関心は低い。それは決して悪いことではない。キャッシュレス化が遅れた日本の背後に相互信頼の伝統があったのと同じように、政府への信頼があったからこそ、多くの日本国民はVPNを利用してまで自らの情報を守ろうとしないのであろう。しかし、それでは通用しない厳しい現実が世界にはある。

 とくに痛感するのは、匿名情報への配慮が足りないことである。マスメディアが視聴者から匿名の機密情報を得ようとする際、その情報提供者を守るために十分な配慮をしているだろうか。「情報提供」という言葉と日本の報道機関の名前を入力して検索すると、各社は一応情報提供を受け付ける態勢にはなっている。しかし、機密保持に万全を期そうとする熱意が感じられない。たとえば、文芸春秋は、「文春リークス」というサイトで情報提供を求めている。しかし、その匿名性確保については、

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