首相の親衛隊チームと一般行政官僚チームとの間で高まる緊張関係
2019年12月06日
お詫びと訂正:2019年12月6日に配信した本欄で、「大学入試新共通テストでは、安倍首相の側近である下村博文・元文科相に献金を続けたベネッセが、民間英語試験の主要な業者であっただけではなく、国語・数学の記述式試験の採点でも、実質的に一括受注を受けている」としましたが、ベネッセから下村・元文科相への献金はありませんでした。筆者と編集部の確認が不十分でした。事実誤認について下村氏とベネッセ、読者にお詫びするとともに、当該部分を削除しました。(2019年12月18日、「論座」編集部)
野党の国会延長要求を自民、公明両党が拒否したため、臨時国会は6日、事実上、閉幕する。「桜を見る会」をめぐり、野党の攻撃の矢面に立たされてきた安倍晋三首相にすれば、ひとまず追及から逃れたかたちだ。とはいえ、事態は依然、収まる気配をみせていない。
振り返れば、9月初めの内閣改造にあたり、安倍晋三首相は「安定と挑戦」が政権のキーワードだと強調した。ところが、首相の意気込みとは裏腹に、10月初めから始まった臨時国会を通して、政権はふらふらと動揺しっぱなしである。すでに終末期にさしかかっていかのように……。
改造内閣が発足してから1カ月あまりで、菅原一秀経産相、河井克行法相が公職選挙法違反疑惑で相次いで辞任したのがコトのはじまりだった。続いて、大学入試新共通テストへの民間英語試験導入にからみ、萩生田光一文科相の「身の丈」にあって試験を受ければよいという“失言”が世論の憤激を買い、民間英語試験の導入が土壇場で延期。そして、首相主催の「桜を見る会」をめぐる騒動である。
「桜を見る会」では、年々増え続けた支出が、事実上の公金による支援者の供応ではないかという疑惑、安倍晋三後援会が主催した「前夜祭」が政治資金規正法に違反するのではないかという疑念、招待者名簿の廃棄が意図的ではないかという疑問など、さまざまなニュースが日々噴出した。これに対し、首相・政権の側からは、説得力のある反論はなされていない。
一つ一つは小さな綻びのように見えなくもない。だが、これら一連の不祥事は一つの線で結びついている。すなわち、長期政権が政権のまわりにいる一部の「サークル」へ利益供与を続けた結果、もはや国全体を見渡せなくなっているという実態である。
末期医療に関する「人生会議」のPRポスター問題は象徴的である。内容が不謹慎だという抗議を受け、ポスターの配布が中止になった一件だが、担当した厚生労働省は、安倍首相との密接な関係にある吉本興業に丸投げしていた。しかも、発注額は4000万円を超えていた。
「桜を見る会」では、政権が長期化するなか、特に首相と首相夫人が年々招待者を増やしたことが、さまざまな問題を生んでおり、いまや首相自らの不祥事となっている。
取り巻きに利益供与をし続けた長期政権の醜悪な側面があらわになっている。
さらに深刻なのは、民間英語試験導入に見られる「身の丈」発言である。
民間英語試験を受験する際の受験料負担は決して小さくはない。また、受験会場が都市部に集中している点で、地方在住の高校生にとってきわめて不利である。それを「身の丈」と決めつける安倍首相の最側近の発言からは、この長期政権が全国規模の不公平をそのまま放置してもかまわないとみなす姿勢がみてとれる。
春うららの桜の下で、いかにも得意げな首相夫妻のテレビ映像が繰り返された「桜を見る会」は、こうした不公平感をとりわけ強く印象づけた。そこから浮かぶのは、親しい支援者に利益供与をするばかりで、国民への広い眼差しなどない政権の性格である。
国会を閉じてしまえば、野党の追求の場がなくなるし、首相には外交日程がある。そうこうするうちに年が明け、国民は臨時国会の小さな不祥事など忘れてしまうだろう。そんな政権の思惑が透けてみえるが、これら一連の出来事から生じた不公平感は決して消えない。だが、これを改める何らかの目にみえる対応策は示されてはない。政権は、新しい策を打ち出すことなく、ただただ時間を稼いでいるようにさえ見える。
いまや問題は、首相自身の資質であり、取り巻きの側近の問題である。年が改まったからといって、野党に政権担当能力がないので、政権と与党の支持率が高止まりしたまま続くとは限らない。それどころか、今後もこうした不公平感を実感させる案件が、折に触れて浮上しそうな気配が濃厚である。おそらく、不公平感は政権が終わるまで強まれこそすれ、弱まりはしないだろう。
政権の終わりが見えなかったこれまでは、安倍官邸が何か新しい施策を打ち出し、局面を打開する努力を見せるのではないかという期待があった。首相に対する高い支持率は、そうした未来に対する有権者の期待であった。
だが、2年後の首相の総裁任期終了に向けて、いよいよ終幕に向かっているとしか見えない政権からは、再起不能の容態があらわになりつつある。政権は明らかに終末期にさしかかっている。それを如実に示すのが、あれほど強固な一体性を誇っていた「政権チーム」の分裂と対立である。
辞任した2人の大臣は、菅義偉官房長官の側近であった。9月の内閣改造で際立った「菅系」の勢力は勢いを削がれた。だが、その一方で安倍首相側近の下村元文科相が推進してきた民間英語試験導入の延期決断は、菅官房長官のもとで進められた。さらに、安倍首相夫妻の不祥事である「桜を見る会」は、まずは菅官房長官の直下にあり、会のとりまとめは内閣府が手がけている。
確かに内閣府は、首相枠の招待者名簿を共産党議員からの質問が届いた直後に廃棄するなど、首相をかばってはいるが、小出し小出しに野党側の要求を認めてもいる。森友学園問題の際、事実と異なる答弁を堂々としてその場を収めた佐川宣寿・元国税庁長官のようには振る舞っていない。菅官房長官も最後まで首相を守るという姿勢ではなく、「指摘はあたらない」「答えない」という形の守勢が目立つ。そこには鉄壁の守りはみえない。
かつて「政権チーム」が強固だったときは、党役員・閣僚が全体として首相を支え、官邸では官房長官と首相秘書官・官邸官僚とが一体となっていた。ところが今回は、二階俊博幹事長も名簿破棄を批判するなど、政権を半ば外側から見ている風である。菅官房長官の首相とその側近に対する立ち位置も、純然たるインナーではなく、やや外よりにみえる。
問題の根底は、首相とその側近からなるチーム編成にある。
以前は、今井尚哉首相秘書官を筆頭とする秘書官グループ、杉田和博内閣官房副長官と北村滋内閣情報官といった公安警察系統の官僚グループ、谷内正太郎国家安全保障局長が率いる外交・安全保障グループの三つのグループがあり、それを菅官房長官が各省の人事権とともにコントロールしていた。その構図がここにきて変容している。
辞任した谷内国家安全保障局長の後任が、外務省から選ばれず、警察庁出身で首相との会合回数が多い北村内閣情報官が抜擢(ばってき)された結果、今井・杉田・谷内というある種の多様性とバランスのとれた構成が、今井・杉田・北村という経産・警察色の強い構成となった。今井秘書官についてしばしば言われる、首相の威を借りる乱暴な指示、無理筋な政策形成といった性格が色濃くなりそうな布陣である。
ここで紹介したいのは、ロシアの現代作家ウラジーミル・ソローキンのディストビア小説『親衛隊士の日』である。
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