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COP初参加の小泉進次郎環境相はユロになれるか

フランスの環境政策に影響を与えたニコラ・ユロ前環境移行連帯相から学ぶべきこと

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

好感度調査では上位の常連

 テレビに携わる前は報道カメラマンだった。1955年4月30日、北部リール生まれ。砂糖会社を経営していた父親が15歳の時、死去したため、医学部で1年学んだ後、家計を助けようと通信社でカメラマンとして働き出し、アフリカの紛争地帯やグアテマラの大地震など、世界各地を取材した。

 その後、ラジオ記者を経て、88年に自然対象のルポ番組「ウシュワイヤ」を始めた。90年に「人間と自然のためのウシュワイヤ基金」を創設し、環境保護に本格的に乗り出す。ウシュワイヤは、報道カメラマンだった頃にルポして印象に残ったアルゼンチン最南部の人口約4万5千の町の名前。「奥深い所にある港」の意味だ。

 好感度調査では上位の常連だった。たとえば2008年の世論調査では、好感度の1位がサッカーのW杯優勝(1998年)の立役者、フランスサッカーの華ジダン、2位がノア(元全仏オープン優勝者で歌手)で、ユロは3位だった。その人気の秘密は、危険を伴うルポを飄々(ひょうひょう)とこなし、事前の綿密な取材で得た知識と現場での貴重な体験を、自慢もせずに分かり易く解説したからだ。

フランスの環境政策に多大な影響

 フランスの環境政策への影響も見逃せない。07年5月発足のサルコジ政権では、首相に次ぐ内閣ナンバーツーの座を環境持続的開発相がしめたが、これは大統領選戦中にユロがサルコジを含む各候補者と交わした「環境協定」に基づくものだ。

 実は、ユロは世論調査の「大統領にしたい人」の支持率で一時、サルコジ、社会党の公認候補ロワイヤルに次ぐ「第3の男」として浮上していた。出馬は見送ったが、その代わりに彼が求めたのが、「副首相格の持続可能な開発相の創設」「二酸化炭素削減目的の税の創設」などを盛り込んだ「環境協定」だった。「彼らが署名したのは、僕が出馬して票を食われたくなかったから」と苦笑していた。

 大臣への誘いは、サルコジの前のシラク政権時代(1995~2012年)にも何度も持ち掛けられたが、いずれも固持。サルコジからの就任要請も蹴った。「独立を確保しておきたいから。大臣になれば、政府の方針があるので自由に発言できない。在野にいれば、政財界に自由な意見が言える。サルコジ大統領とは定期的に接触して意見交換している」と当時、述べていた。

 サルコジ政権時代(2007~12年)には、官民が一堂に会す「環境会議」を3日間にわたって主催。「炭素税」や「遺伝子組み換え(GM)農作物の中止」「有機農業の推進」などユロの提案も盛り込んだ環境政策の方針を決めた。サルコジ政権はこの環境政策に基づき、遺伝子組み換え(GM)トウモロコシの栽培中止を決めた。

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト

元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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