長野ヒデ子(ながの・ひでこ) 絵本作家
1941年愛媛県生まれ。 絵本作家。紙芝居、イラストレーションなどの創作、エッセイや翻訳も手掛ける。代表作に「とうさんかあさん」(石風社)、「おかあさんがおかあさんになった日」「せとうちたいこさんデパートいきタイ」(童心社)、など。紙芝居文化推進協議会会長。日本絵本賞、産経児童出版文化賞、久留島武彦文化賞受賞。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
憲法九条を胸に井戸を掘り、宮沢賢治を愛した友を悼む
現地の人に寄り添う姿勢は一貫していましたが、用水路を掘るなどの事業にも、その考えは反映されていました。
土木工事といってもコンクリートで固めるのではなく、将来、現地の人たちの手で維持や修理ができるようにと、できるだけ地元の素材を使い、自然と折り合いをつけながら進めていると聞きました。福岡県朝倉市の山田堰を参考にして、蛇籠(円筒形に編んだかごに石を詰めたもの)などを使う工法を活用し、「川にだって意志も『人権』もあるんだから、それには逆らわない」と話していました。
これは、福元さんに聞いた話ですが、現地での中村さんは、工事用の重機を操って、生き生きとうれしそうに働いていたそうです。中村さんの父方の親類に、土建業を営む豪快なおばさんがいて、「その血かな。重機に乗ると、うれしいんだ」と無邪気に笑いながら話してくれたこともあります。
中村さんの話に力があったのは、現地での体験から出た言葉だったからでしょう。自分自身の体で受け止め、その体を通して言葉が語られる。その言葉には目に見えない「気」のようなものがあり、聞き手の心により強く響きました。
「裏切られても裏切り返さない誠実さこそが、人々を動かすことができる」
よく、そう口にしていました。
まるで聖書に書かれているような文句ですが、長い間、様々な苦労をしながら活動していた中村さんから聞くと、改めて、その言葉の深い意味を感じます。
2001年。9・11同時多発テロへの報復として、アメリカによるアフガニスタンへの攻撃が始まりそうだったころ、中村さんは現地の実情から、それがいかに危険なことであるかと発言していました。
日本が軍事力を行使しない国であるから現地の人たちの信頼を得ているのだと考え、「憲法9条があるから、私たちは活動できる」とも繰り返し語っていました。
2001年10月13日
衆院テロ対策特別措置法案を審議する衆院特別委員会での参考人としての発言
(朝日新聞記事より抜粋)
中村医師は「現地で何が起きているか、事実を伝えたい」と切り出した。長年の内戦、干ばつ、そして今回の「原因がよくわからない報復爆撃」で、アフガニスタンは「痛めに痛めつけられている」と訴える。「今支援しなければこの冬、カブール市民の1割が餓死する。難民が(国外に)出てからでは悲劇が大きくなる。まず難民を出さない努力を」と力を込め、「こうした現実を無視して、議論が進んでいる」と危ぐを表明した。
アフガンの人々は非常に親日的だが、軍事行為を支援すれば日本への信頼が損なわれるとして、「自衛隊派遣は有害無益」と批判。パキスタンなどで想定される自衛隊の難民支援も、言葉の壁や治安状況から「役に立たない」と指摘した。
「有害無益」発言には自民の委員が「取り消しを」と色をなす場面も。「日本として何が最善か」との問いに、中村医師は「平和回復後の建設的事業で、他の国にはできない貢献ができるはずだ」と答えた。
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