(25)民主党は役人に「お金がない、お金がない」と言われ終わってしまった
2019年12月16日
日本最大級の巨大なしめ縄の下を背広姿の一人の男が歩いてきた。島根県出雲市の出雲大社、2010年5月20日午後3時前。長年の願望だったお参りと見学を終えた民主党幹事長(当時)の小沢一郎は、初夏の強い日差しが照りつける参道で、待ち構えていた記者団を前に語り始めた。
「出雲と大和とは二つの大きな文化圏だったのだろう。2000年近くも前にこれだけ大きな国家の力、高い文化水準があったことは驚きだ」
記者団の中でボールペンを走らせていた私のメモにはそうある。私はそのころすでに、小沢が歴史に深い造詣を持ち、知られざる読書の大家であることを知っていたので、出雲大社関係者の案内に貪欲に耳を傾ける小沢の姿に格別の驚きはなかった。
古代大和朝廷とは別に、荒ぶる神スサノオノミコトの流れをひく出雲文化圏に強い関心を持つ小沢はこの時、直後の7月に投開票のあった参院選を「政治改革」のための重要な選挙と位置づけ、自ら島根、鳥取両県の山陰地方応援の旅に出た。
私はこの応援旅行に同行取材したが、出雲大社見学の後の連合島根幹部との打ち合わせでは、冒頭にこう挨拶していた。
「明治以来の中央集権、官僚支配を変えるのは容易なことではない。民主党が衆参で過半数を獲得しないと旧体制の抵抗を打破することはできない。参院選は最終戦だ」
実際の選挙は、この時首相を務めていた菅直人の不用意な「消費税10%増税」発言で自民党に惨敗したが、その裏で日本政治はかつてない大きな変革の第一歩を経験していた。
このことはあまり知られず現在もほとんど振り返られていないが、まさに小沢の挨拶の言葉通り「明治以来の中央集権、官僚支配を変える」「旧体制の抵抗を打破する」試みの大きい一歩だった。
そして、この変革を仕掛けて実現させたのは、他ならぬ小沢だった。
2010年度予算に大ナタを振るった小沢は、長年自民党候補者を育てるカネと言われてきた土地改良の補助金をバッサリ削り、前年度に比べてわずか36.9%にまで落とし込んだ。
土地改良の補助金はそのまま農家個人の水田整備に直結するため、農家の票を動員しやすかった。このため、全国的には土地改良の歴史的役割はあらかた終わっているはずなのに、いつまで経っても大きい予算枠を保持し続けていた。
そして、これこそが自民党=農水省構造改善局の文字通りの「金城湯池」だった。
構造改善局は現在は存在せず、土地改良事業は農水省農村振興局に引き継がれている。土地改良をはじめとする補助金と自民党の集票構造を分析した名著『補助金と政権党』(広瀬道貞著、朝日新聞社)によれば、データは古いが、1980年の参院全国区に立候補した自民党公認、農水省構造改善局次長の47都道府県の集票割合と、同じ47都道府県の土地改良事業予算の配分割合とは「ただならぬ」ほど一致した。
つまり、土地改良補助金が出ている割合がそのまま自民党の集票割合となっている構図だ。まさにこの構造を変えない限り、国民の金である税金の使い道は国民の側に戻ってこない。
ここに初めて大ナタを振るった小沢は、国民の側に立った、まさに現代のスサノオノミコトだった。全国土地改良事業団体連合会の会長は、自自連立の時に小沢を利用した野中広務だったが、野中が直接陳情に訪れても小沢は顔を見せることさえなかった。
歴史的な役割を終えているにもかかわらず自民党の集票構造にガッチリ組み込まれた土地改良事業の補助金。この無駄金の大半を削って小沢が持って行った先は、農業の自由化に備えた新しい制度、農業者戸別所得補償だった。
農産物の自由化は避けがたく、欧米諸国が採用しているように、農家への戸別所得補償はいずれ必要になる。その資金に歴史的な役割を終えた資金を持ってくることは実に合理的だ。小沢はこう言っている。
「財務省の官僚はいろいろなことを言ってもやはり賢明だから、きちんとした論理的なビジョンを持って説得すれば、きちっとした仕事をするんです」
これこそ本物の「政治主導」の言葉と言えるだろう。予算編成権を政治の側、国民の側に取り戻すというのは、こういうことではなかったか。
――民主党政権のマニフェストに関連して、私が一番印象に残っているのは、農業者戸別所得補償制度です。小沢さん自身がこの制度案を立案して、農水官僚から民主党議員(現国民民主党議員)になった篠原孝さんがまとめました。そして、小沢さんがこれを断行したわけですよね。
小沢 あれは絶対やらなければならないと思ってやりました。
――そして、その財源が圃場整備などの土地改良予算でしたね。
小沢 バッサリ削りました。半分以下にしましたね。
――あれは本当にすごいなと思いました。土地改良事業はとっくに歴史的な役割を終えているのに自民党の集票のために延々と続いていました。そういうことが指摘されているのに、誰も政治的に手をつけられなかったんですよね。それを小沢さんがバッサリやったんで、これを他のところでもやれば予算はすごいことになるな、と思ったんです。戸別所得補償だけはまずやらなければならないというお考えだったんですか。
小沢 そうですね。戸別所得補償と言っても、もっと生産性を重視したものにしようと考えていたんだけど、農水省の官僚の壁があってそうは徹底できなかったですね。政権が続いていればぼくがきちんとしたんですが。本当はもっと大規模に、全国的に農協や自治体も巻き込んでビシッと適地適産にしないとあの制度は完全ではないんです。農水省の官僚だけでできることではないんですね。
市町村と農協の協力を得て適地適産をする。そのためには、ここで何を作れ、ここでは何を作れ、というふうにある程度指導をしなければなりません。
いま大豆も小麦も欧米に比べて反別の収穫量は半分ですからね。それで、その反別収穫量を上げて、欧米と同じくらいの収穫になるまで2、3年猶予期間を置こうということです。だから、ぱっといっぺんにはできないけど、何年かかけて努力すれば主要穀物は全部国産できるんです。自給できます。やればできる。
――すごいですね。そして、その先には農産物の自由化があるわけですね。
小沢 TPP(環太平洋経済連携協定)などは駄目です。アメリカのルールですから。だけど、農業に限って言えば、戸別所得補償と自由貿易とは何も矛盾しません。農林水産物自体は全部まかなったからと言ってそれほど金のかかるものではありません。GDPの中で12兆円から13兆円ですから。食糧自給のためには過保護とかそういう問題ではないんです。
――そうですね。
小沢 だから、ぼくは自由化には基本的に賛成だけど、ノンルールの自由化をすると農家はみんな潰れてしまい、食糧は自給できなくなってしまうと言っているんです。もちろん、それでは駄目です。イギリスの産業革命の歴史を見れば、自給体制を作らなければいけないということがわかります。イギリスは一時、食糧自給率が20%から30%に落ちちゃったのが、今は7割になっているんです。ところが、日本は4割を切っているんですよ。
――そうですか。
小沢 あの産業革命で、自給率が落ちて、イギリス社会全体が結果的にうまくいかなくなってしまった。それで農業の自給体制はやっぱり作らなければいけないということで再び自給を目指して政策展開をしたんです。だから、自給体制を作るには、やっぱり最低限の再生産のシステムを作らないと駄目なんです。
――そういうことですね。
小沢 土地改良予算を削ったことも、それだけが目的でやったんではないんです。戸別所得補償制度を飲ませるためにやったわけです。財務省は、土地改良を削ることには賛成ですから。ぼくが「(土地改良を)切れ」と言って、財務省が「わかりました」と答えたわけです。
財務省の官僚はいろいろなことを言ってもやはり賢明だから、きちんとした論理的なビジョンを持って説得すれば、きちっとした仕事をするんです。
ただやみくもに駄目なことを言ったって、反論されて言いくるめられちゃうだけです。きちんとした論理ときちんとしたビジョンを持って、こういうふうでこうだからこうやれって言えば、最終的にちゃんと言うことを聞くんです。
――農水省やその周辺には改良事業でメシを食っている人たちがいっぱいいるでしょう。相当抵抗はなかったですか。
小沢 そりゃ抵抗しますよ。
――するんですか。
小沢 大変だったと思います。だけど、ぼくはそういう人とはしゃべりませんから。財務省は基本的に削るのは喜ぶわけだから、あの時は本当に大変だったと思いますよ。
――小沢さんの耳にはそういう声は入って来なかったですか。
小沢 (声は)挙がってきました。地元の人たちにもいっぱい会いますから。
――そうですね。私も2010年の参院選の時、小沢さんについて山陰地方に行きましたが、その時に、山陰の農業者の方から圃場整備事業について随分話を聞いたんです。けっこう文句を言っていました。半分圃場整備をしたんだが、まだ半分残っている、どうしてくれるんだというような話でしたね。
小沢 だけど、あれは全国的に言えば土地改良の食いぶちになっているんです。だから、ぼくは基本的には土地改良と農協の組織を一緒にしたらどうかと言っているんです。これは政権を取っていればできることなんだけど「権限を持たせて町作りに農協をかませろ」と言っているんです。農協は一番の地主ですから。
――それは面白いやり方ですね。
小沢 ところが、そうなると今度は国土交通省と農水省の権限争いになるんです。それで、町作りや区画整理などでやることはいっぱいあるんだから、農協をスリムにして余計なことをさせないで「権限を持たせろ」と農水省に言ったんです。
それで交渉をやらせたんだけど、最初から権限争いで大変な騒ぎで、そう簡単にはできなかったですね。このころは検察の邪魔もあったし、返す返すも残念無念です。
――さきほど財務省のお話しがありましたが、財務官僚は小沢さんの前では「お金がない」とは言わないということでした。小沢さんが財務省自体や国の財政の実態をよく知っているから、ということでしたね。
小沢 その代わり、ぼくはむちゃくちゃなことは言いません。基本的には「不要なものは切れ」ということです。
――国の財政で言うと、少し問題は違いますが、一般会計と特別会計の問題があります。財務相だった塩川正十郎さんが「母屋(一般会計)でおかゆをすすっている時に、離れ(特別会計)ですき焼きを食べている」とうまい表現をした特別会計の問題ですが、役人の隠しポケットになっているとよく指摘されますね。
財務省によると、約100兆円の一般会計の他に合計約390兆円の特別会計が国には13会計ある。単純合計すると約490兆円となるが、一般会計と特別会計相互間で資金が出たり入ったりしているため、実際には約240兆円規模の合計額と財務省は説明している。
しかし、それら会計間の入り繰りが非常に複雑なため専門家でも追跡が難しく、「謎の特別会計」とも呼ばれる。「母屋」に比べて「離れ」の方が規模も大きく、その先に特殊法人やそのファミリー企業などがたくさんぶら下がって「霞ヶ関」の隣の天下り伏魔殿「虎ノ門」村を形成すると言われている。
小沢 あれはまた全面的な改革の話になります。単年度予算の話じゃないから、それはそれでまた別の改革の話です。
――小沢さんは、そういう実態をかなり深くご存じのわけですよね。
小沢 はい、知っています。改革はできますよ。ただ、そこで給料をもらっている人がいるわけだから、すぐに辞めてくれとは言えないんです。だから、改革を一回、どんとやることが必要です。官僚だって生活があるわけですから、ただ天下りが駄目だと言うだけでは解決しません。
きちんと恩給をつけなければいけないんですよ。イギリスが典型ですが、ドイツでもフランスでも官僚の恩給は高いんです。だけど、金品をもらっての天下りは駄目だというようになっている。
恩給をつけてあげた方が、天下りを放置しているよりも国民にとってもはるかに負担が少なくて済みます。だから、欧州では恩給をもらうわけだから、再就職のことなんか全然心配しないでボランティアでいろいろなことをやるわけですよ。
――そっちの人生の方がずっといいですよね。
小沢 ずっといいんですよ。だから、ぼくは、そういうことを役人に話すんです。話してきたんです。すると、官僚も「ああ、そういうようにしていただけるなら結構なことです」「天下りなんかする必要はありませんから、そうしていただきたい」と喜んで言います。
――それはもう、完全な「虎ノ門」改革になりますよね。「虎ノ門」には特殊法人やファミリー企業がたくさんありますが、そういうものは小沢さんの頭の中に入ってるんですか。
小沢 ぼくはいろんなところを調べたりしていますが、全部頭の中にインプットしています。そうした改革をしたら、官僚はみんな喜ぶと思いますよ。
――でも、もしかするとそういう改革がむしろ怖いと思うような官僚もいるかもしれませんね。
小沢 ぼくとつき合っている優秀な官僚はみんなOKと言っていました。「そういうことですね。わかりました」と。ただ、ぼくも全員とつき合っているわけじゃないから、ぼくの考えをよく知らない人は「ただ天下り先をなくすだけ、特会をただやめさせるだけ、それだけじゃないか」と思って恐怖心を持つ人がいるかもしれない。
――わかりました。小沢さんがどうして霞ヶ関の枢要な官僚にも支持者がいてお付き合いをされているか、理解できたような気がします。結局そこなんですね。ただ天下りは駄目だとか言うのではなく、しっかりと代替案を考えて現実的に約束を守っていくという姿勢がよく伝わるんですね。
小沢 政治家は自分の保身ばかり考えていては駄目なんです。やっぱり、身を捨ててこそ、という姿勢は本当に大事なんですよ。約束したことは、たとえ自分の地位を失っても守らなければいけない。そういう姿勢が政治家には必要なんです。
――先ほど、土地改良事業費と農業者戸別所得補償制度の関連について詳しくお話しをうかがったんですが、民主党のマニフェストではもうひとつ、子ども手当のことも強い印象を残しました。
子ども手当は民主党マニフェストに提示され、月額2万6000円支給とされた。しかし、財源問題などのために実際には1万3000円の支給となった。その後、野田内閣によって自民党政権時代の児童手当に戻された。
――民主党政権時代を回想したいろいろな本を読んでみると、月に1万6000円だった当初の原案が、小沢さんの判断で2万6000円になった、ということのようですが。
小沢 本当は、ぼくは3万円って言ったんです。
――3万円と言ったんですか。
小沢 当時、フランスは円換算して3万円だったんです。ドイツもそうだけど、フランスもそのくらい出しているんですよ。それで出生率が回復したんです。
財源がないとマスコミが言うのは仕方ないけど、役人に言われた政治家がそういうことを言ったら駄目なんです。ぼくは、財源はいくらでもあると言っていたんです。安倍政権を見てください。どんどんお金が出ているではないですか。これはどこから出ているんですか。極端な話、政府はいくらでもお金を印刷できるんです。
――たしかに。
小沢 金は天下の回り物という考えもありますが、無駄金もジャブジャブあるんです。特会の方に入って、使われないで眠っているお金があるんです。だから、財務省の官僚はぼくの前では「お金がありません」などとは決して言いません。
――そうですか。
小沢 あるいは、国債を出しているでしょう。これは無責任にはできませんが、今はほとんど無制限にやっているじゃないですか。日銀買い入れの国債を出しているんですから。
――ほとんど財政法第5条違反ですね。
財政法第5条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。(後略)
国債を中央銀行に引き受けさせると、その国の財政節度を失わせ、悪性インフレーションを引き起こす恐れがあることから、そのような発行方法は禁止されている。ただ、安倍政権の場合、発行直後の国債を短期間民間銀行に引き受けさせ、その後すぐに日銀が引き取るという形で実質的な日銀引き受けが実行されている。
小沢 実質的に法律違反を平気でやっているんです。言葉を換えて言えば、政府はそういうことまでできるんです。
――なるほど。
小沢 民主党は役人に「お金がない、お金がない」と言われて、それで終わってしまった。まったく惜しいことをしたと思います。権力を取ったんだけど、ただそれがおもちゃのままに終わってしまった。
――本当に惜しいですね。
小沢 だから、もう一回やろうと思っているんです。
――それは、絶対にお願いします。
小沢 もう一回やる、必ず。このままじゃ死ぬに死ねない。もう一度ひっくり返す。
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