牧野愛博(まきの・よしひろ) 朝日新聞記者(朝鮮半島・日米関係担当)
1965年生まれ。早稲田大学法学部卒。大阪商船三井船舶(現・商船三井)勤務を経て1991年、朝日新聞入社。瀬戸通信局、政治部、販売局、機動特派員兼国際報道部次長、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長などを経験。著書に「絶望の韓国」(文春新書)、「金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日」(講談社+α新書)、「ルポ金正恩とトランプ」(朝日新聞出版)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
GSOMIAで日韓を歩み寄らせた米国。次は双方に防衛費分担を強く迫る
11月22日、破棄確実と言われていた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が失効6時間前で息を吹き返した。「日本の輸出管理規制措置の撤廃がない限り、GSOMIAの延長を検討できない」と突っ張っていた韓国と、「輸出措置は国内問題であり、GSOMIAと全く関係がない」と言い張っていた日本が歩み寄ったからだ。
この措置のあと、日本の政治家や専門家の一部は「日本の完全勝利だ」と主張しているが、それは現実を正確にみていない。米国が双方に歩み寄りを促していたからだ。この仕事をしたのは、米ホワイトハウスのポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)だった。
ポッティンジャー氏はまず、11月18日からワシントンを訪れた韓国大統領府の金鉉宗国家安保室第2次長と面会した。「GSOMIA延長はできない」と突っ張っていた金氏に対し、ポッティンジャー氏は「米国は日韓GSOMIAの延長を強く望む」と突き放した。そして、返す刀で、同氏は日本の首相官邸に電話をかけた。
電話に出たのは、林肇内閣副長官補。ここで、ポッティンジャー氏は、輸出管理措置の撤廃を強く望む韓国への配慮を要請した。米国は、訪日したスティルウェル国務次官補が11月21日、北村滋国家安全保障局長にもGSOMIA延長に向けた善処を要請していたが、ホワイトハウスの動きが決定打となった。
それまでも日韓は秋葉剛男外務事務次官と韓国外交省の趙世暎第1次官が下交渉を行っており、輸出管理措置について段階的に話し合うなどのロードマップ案はできあがっていた。そして、この案に待ったをかけていた首相官邸と大統領府が、ホワイトハウスの軍門に降ったことで、事態は11月20日夜ごろから急展開し始めた。
日韓両政府は猛然と調整を始め、11月22日夕刻の「韓国によるGSOMIA破棄通告の凍結」発表につながったという。あまりに性急な合意だったため、日韓双方の国際法担当者から懸念の声まで出た。
すなわち、韓国は「GSOMIAを破棄する」という通告を一時的に停止しただけの状態が続いている。GSOMIAは一応、生きているので、これに従って日韓双方は北朝鮮の弾道ミサイル情報などを交換できる。また、GSOMIAは交換した情報の秘密をお互いが守るとも定めている。
ところが、今後、輸出措置を巡る話し合いの不調などから、韓国が「凍結は無効だ。11月23日午前零時にさかのぼって破棄する」と言い出したらどうなるのか。
日本政府が同日以降に韓国に提供した極秘情報を、韓国が「あれはGSOMIAが無効になった後でもらった情報だから」と言い出して、公開しても文句が言えない状況になりかねない。
そんなドタバタの状況でも、日韓は歩み寄らざるをえなかった。ホワイトハウスの巨大な力を見せつけられた瞬間だった。私がよく知る外務省関係者は、米国のことを漫画「ドラえもん」に出てくる「ジャイアン」に例える。
「日本と韓国はのび太とスネ夫みたいなものですよ。ケンカしていても、ジャイアンがうるさいと一言言えば、すぐに黙る。そんな関係です」
そして、ここで注目されたのが、トランプ米大統領の動きだった。